氏 名 さとう ただし
佐藤 忠
本籍(国籍) 北海道
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第572号
学位授与年月日 平成24年9月25日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物環境科学専攻
学位論文題目

乳牛におけるDifructose Anhydride (DFA) Ⅲの機能性に関する研究
(The study of difructose anhydride III functions in dairy cattle)

論文の内容の要旨

Difructose anhydride (DFA) IIIはチコリーの貯蔵物質であるイヌリンを原料に,酵素合成によって製造されるフラクトースが2分子結合したオリゴ糖である.ショ糖の半分の甘味で,水によく溶けるが吸湿性は極めて低く,加工性と貯蔵性に優れている.さらに,二つの特徴を有している.ひとつは,高等動物の消化酵素で分解されず,主要な腸内微生物によっても資化されない難消化性であり,もうひとつは,腸管の上皮細胞と上皮細胞を結合し,体内への物質通過を制限している密着結合(tight junction)に作用し,細胞間通路(paracellular pathway)を介したミネラル,特にカルシウムの吸収を亢進することである.これらの機能は食品素材としての利用を検討する中でラットやヒトなど単胃動物を対象として見出された.

本研究はこの二糖類であるDFA IIIを,反芻胃を持つ乳牛に給与し,効果を検討した初めての取り組みであり,乳牛の分娩時低カルシウム血症に対する顕著な改善効果を明らかにした.さらに,搾乳牛の産乳,乳房炎,蹄疾患,および繁殖に対する効果や,出生子牛の免疫グロブリンG吸収に対する効果についても合わせて検討し,それぞれに有益な効果を確認した

DFA IIIの効果を反芻動物である乳牛で検討するに当たり,第一胃微生物によるDFA IIIの分解性と,牛消化管内におけるDFA IIIの動態を調査した.DFA IIIは第一胃微生物に分解されにくいが,糞中に検出される割合は少なく,腸内微生物によって多くが分解されていると考えられた.牛の消化管内での動態は液相の移動パターンに近似し,摂取後1時間で十二指腸に出現し,十二指腸内容液中のDFA III濃度ピークは13時間の間にあると考えられた.9時間後でも第一胃から十二指腸へDFA IIIは流入しており,糞中には9および12時間後で認められたことから,DFA IIIは腸管に12時間以上滞留するものと考えられる.ラット腸管によるin vitro試験で,DFA IIIのミネラル吸収亢進効果は腸管の広い範囲で確認されており,ウシにおいてもヒトやラットと同様,ミネラル吸収を亢進するものと考えられる.

乳牛は分娩時,特異的に血中カルシウム濃度が低下し,低カルシウム血症になる牛は経産牛の60%に達する.DFA IIIを乾乳後期に給与するとこの分娩時の血中カルシウム濃度低下が抑制され,その後の回復も早かった.この結果は乾乳後期にカルシウム含量の低い(0.20%)配合飼料を給与して得られたものであるが,カルシウム含量の高い(0.83%)配合飼料を給与しても血中カルシウム濃度の低下抑制と回復に対するDFA IIIの効果は変わらないことを確認した.また,酸化マグネシウムはDFA IIIと一緒に給与することで吸収に対する効果が高まると考えられ,DFA IIIは低カルシウム血症だけでなく,低マグネシウム血症にも有効であると考えられた.低カルシウム血症は周産期疾病に影響する.一般酪農家で実施した試験により,乾乳牛にDFA IIIを添加した配合飼料を給与すると,低カルシウム血症が大きく影響する乳熱とダウナー症候群や,低カルシウム血症が影響する可能性の高い胎盤停滞,第四胃変位,ケトーシス,脂肪肝の発生がDFA IIIを給与しなかった前年よりも大きく減少し,乾乳期のDFA III給与は周産期疾病対策としても有効であると考えられた.

新たなDFA IIIの効果について,搾乳牛と出生子牛を用いて検討した.搾乳牛は泌乳能力が向上したことから泌乳初期においてミネラル不足になっている可能性が高く,微量ミネラルの給与で産乳,乳房炎,蹄疾患,繁殖などが改善したと報告されている.搾乳牛にDFA IIIを給与した試験において,DFA III給与牛は乳に移行するカルシウムとマグネシウム量が増加し,乳量も増加する可能性が示唆された.また,乳房炎に罹患した分房数,治療回数,乳廃棄日数が減少し,蹄質が影響する蹄疾患にもかかりにくく,健康改善にも効果が見られた.繁殖に差異は認められなかったが,DFA III給与牛は全頭受胎し,DFA IIIを給与しなかった牛では2頭が未受胎のため廃用になった.出生子牛では初乳に含まれる免疫グロブリンGの吸収に対する効果を検討した.これまで出生子牛の免疫グロブリンG吸収に関する定説は,上皮細胞に取り込まれ吸収されるトランスサイトーシスといわれている.しかし,DFA IIIは免疫グロブリンGの吸収を高めており,出生子牛の免疫抗体吸収がトランスサイトーシスよりも上皮細胞間隙で行われている可能性を初めて示した.

乳牛の栄養吸収に関し,腸管の細胞間通路からの吸収はこれまでほとんど検討されていない.しかし,密着結合に作用するDFA IIIを使用することにより,現象面ではあるが細胞間通路からの吸収が乳牛においても様々な可能性を持ち,また効果も大きく,吸収経路として重要であることを明らかにできたと考えている.研究を開始してまだ10年であり,基礎研究を含め多くの課題が残っている.今後も新しい機能と,さらに新たな畜種での効果についても検討し,畜産経営と家畜の健康に貢献したい。