途上国に農民参加型灌漑管理PIM(Participatory Irrigation Management)を技術移転するために解決すべき課題を、
成功事例として称賛されている日本の土地改良区という農民水利組織のPIM技術の分析を通して、明らかにする。
そのために、日本のPIMの説明用モデルを、愛知県木津用水土地改良区の設立・運営、展開過程の実態をふまえて作成したうえで、
世界銀行によるPIM原則との比較対比ということを中心に研究を進めた。
1.研究の背景
戦後、途上国発展の大きな鍵と考えられてきた処女地の「農地開発(開墾)」は、
高コストと社会的困難から実現が難しいことが分かり、もう一つの鍵である「灌漑」システムの構築が重要視され、
当初はダムや頭首工など大規模な灌漑施設の建設が進められた。
しかし、施設の建設だけでは個々の受益農地に用水が公平確実に届かないという「灌漑効率の低さ」が明らかになり、
灌漑管理の体制整備の必要性が痛感されるようになった。
まず、FAOが提唱して「圃場レベルの水管理」の普及を図った。
続いて、途上国灌漑プロジェクトのドナーである先進国や世界銀行などは、
灌漑施設の管理費用を負担しきれなくなっていた途上国政府の財政負担を意図して、
その費用を受益者農民に自己負担させる「灌漑管理移転」を進めようとした。
しかし、多くの途上国で、地域現場での抵抗に遭ってどちらも成功しなかった。
そのような経緯を経て、世界銀行が、少し視点をずらしてPIM(和訳:農民参加型灌漑管理)を提唱して普及を図るろうとした。具体的には、
(1)農民参加型灌漑管理組織(WUO:Water Users'Organization)の設立
(2)OM費用の受益者農民による負担
が二本柱となっており、「民主主義」と「市場主義」が強調されている。
これらの条件を満たしている模範例として日本の土地改良区が高く評価され、途上国の関係者が強い関心を示している。
2.本論文において解明した内容の概要
(1)PIMが提唱された背景を踏まえて、農民参加型灌漑管理の実現、
すなわち、「灌漑団体(WUO) の設立」と「維持管理費の受益者(農民)負担」が、
先進国ODAの必須条件とされる理由を明らかにし、
更にそれらが普遍的な間接民主主義(あるいは、議会制民主主義)と市場主義に根ざし、
より具体的な指標が何であるかを明らかにした。
(2)PIM優等生と評価された日本の土地改良区を、PIM原則と対比して、評価の当否を検討した。
その際、愛知県木津用水土地改良区の実態を基礎にして、必要な単純化を施した説明モデルを作成し、
PIM原則と比較照合するという手法を採った。
(3)PIMで最も実現が難しいといわれている「受益者負担」が、日本で成功してきた理由には、
これまで軽視されてきた日本の灌漑組織の重層的構造に重要な意味があることを明らかにするとともに、
その構造が成立し、維持されてきた歴史的事情を実証的に考察した。
(4)土地改良区が、重層的な農民水路組織を活用しながら灌漑施設を見事に運営していることの達成が典型的にみられるのは、
異常渇水で平常時のような灌漑流量が得られないときに、
受益水田に公平確実に配水するために応急的に採用される「番水」という配水方式である。
そこで、典型的な番水事例に基づいて、土地改良区による具体的に番水のやり方を分析した。
(5)農村地域の都市化によって用排水路の水質汚濁が進行し、土地改良区の灌漑管理業務にも被害をもたらした。
多くの土地改良区では、「管理阻害規程」と呼ばれる規程をつくって、
汚濁水が、土地改良区の管理水路を通過する「通水料」を徴収した。
ところが、この「管理阻害規程」に基づく合併浄化槽の設置同意金の徴収には、
社会的に激しい抵抗や批判がおこったので、この規程を撤廃して、関係市町から、
「排水負担金」として排水量に応じた土地改良区管理水路の使用料を分担してもらう方式に切り替えた。
これらの収入の確保についての実績と詳細を明らかにした。
(6)多くの途上国では、特に、維持管理に要する経常費の徴収が成功していない。
そこで、日本の土地改良区との対比のために、いくつかの外国の事例を挙げて紹介した。
(7)全体のまとめとして、日本の土地改良区が、PIM原則を見事に実行して、
農民参加型灌漑管理を実現できている理由を整理したうえで、途上国にPIMを技術移転する際に克服すべき問題と方策を考察した。
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