氏 名 はせがわ てつや
長谷川 啓哉
本籍(国籍) 岩手県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連論 第143号
学位授与年月日 平成23年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第2項該当 論文博士
研究科及び専攻 連合農学研究科
学位論文題目 リンゴ産地の構造と再編-新自由主義的政策下におけるリンゴ産地の課題-
( The Structure and the Reconfiguration of the Apple Production and Marketing System: Apple Growing Issues under the Influence of Neo-liberal Economic Policies in Japan )
論文の内容の要旨

 本研究はわが国の新自由主義的政策展開下、 特に1990年代後半におけるリンゴ産地の農業構造と組織構造の実態を明らかにし、 産地の与件変化に対応したその再編方向を分析したものである。

 1980年代のリンゴ産地の展開は、等質的な農家集団による重層的な展開と要約することができる。 つまり、中層優位の生産力構造と農村工業化による地域労働市場の展開により、 第1種兼業の中層農家が広範に成立し、農村共同体を基盤とする組織に補完されることにより、 集団的生産諸力の向上や品質向上による市場対応を図るという産地像である。

 これに対して、新自由主義的政策が本格的に展開する1990年代後半からは、 1980年代の産地が前提とした経済諸条件が変化し、新たな産地像が求められている。

 経済的諸条件の変化とは、第1に所得格差の拡大による高級品市場の縮小、 第2に従来の低賃金職種の解体を通じた地域労働市場の縮小、 第3に量販店の巨大化を背景とする青果物流通システムの変革、 第4に国内市場開放と下層農家の切り捨てを軸とした果樹政策の展開である。 これらの解体的圧力に対して、リンゴ農民、農村、産地はいかに主体的に対抗していくかその拠点と論理を模索することが本研究の課題である。

 分析視点としては、産地の構造、再編方向を農民レベルから農村共同体レベル、産地レベルと積み上げる方法をとっている。 すなわち、農民層分解論を基礎として、生産組織論、産地形成・再編論へと展開させる分析手法である。

 対象としては、リンゴ生産面積及び出荷量の6割を占める北東北リンゴ地帯とした。 生産シェアが対象地域選択理由となっているのは勿論のことであるが、 同時に、本地域が新自由主義的政策展開に対して負の方向で大きな影響を受けた地域であること、 リンゴ専作地帯のため、リンゴを中心とした再編方向を模索しなければならない地域であることが選択理由である。

 本研究で得た新たな知見は以下の通りである。

 第1に、リンゴ農民層分解の新たな局面である。 1980年代では、次のような算式で農家経済は成立していた。 つまり、農業所得+世帯主の出稼ぎ農外所得+世帯主の妻の工場ライン就労賃金である。 ところが、現在の津軽地帯の地域労働市場条件の下ではこの算式は成立しなくなっている。 出稼ぎ所得、ライン賃金は消滅し、農業所得も減少する、いわば総崩れのような現象が生じている。 その中で、中高年層と女性の農業滞留と若年者の農村流出が同時に生じ、 その結果、リンゴ作面積規模およそ1haを境として、経営主専従的農家と高齢・女性・兼業農家への分化が生じている。 この点は産地の基礎構造の変化として的確に捉える必要がある。

 第2に、農民層の階層分化から生じる生産組織の新たな局面と役割である。 リンゴ作に代表的な生産組織である共同防除組織は、1980年代では、 等質的農家が平等出役をすると共に互助的に支え合うことで生産力を向上させる組織であった。 しかし、階層分化の進行で、受委託型組織に移行するとともに、下層農家の下支え的な組織となっている。 これら組織は離脱傾向をみせるオペレーターに対してメリット措置を講じているが、 その原資を外部からの補助金に依存するなど主体性を喪失しつつある。 一方で、従来あまり知見のなかった剪定集団や青森県りんご協会など剪定に係わる農民組織については、 技術革新や労働力の育成、剪定の請負など産地の維持・発展にとって重要な機能を果たしており、 産地の主体的展開の拠点となる可能性を持つことが示された。

 第3に、産地構造と市場環境の変化から生じる産地の新たな対応局面である。 従来、卸売市場流通が発展する中で、大産地においては数量調整と小産地においては製品差別化を基調とする産地戦略が構築されてきた。 ところが小売量販店の巨大化により、小売主導型青果物流通システム変革が進行し、 産地間競争構造も変質している。 巨大化する量販店スーパーに対応する力を持つ大産地の優位性が示される一方で、 大産地といえども小売量販店の交渉力に対抗していく必要が生じている。 小産地は産地間競争と小売量販店への対抗の両面において、負担が重くなっている。 これに対して、製品戦略とチャネル戦略を併進させながら、 いまだ寡占体制が完了していないわが国小売業界の競争構造を活用しつつ、 産地の主体性を確保していこうとする動きが生じていることを明らかにした。 かつ、その製品戦略の根幹に、農民の主体的な組織活動がおかれていることも併せて示した。

 以上、リンゴ産地は厳しい経済環境に直面しながらも、今後も主体的に展開する要素をもつことが示された。 それは、剪定集団などの同職共同体が、土地共同体であるリンゴ農村の維持・発展の拠点となるとともに、 そのような集団的活動を基礎とした製品戦略とチャネル戦略を併進させつつ、 小売企業間の競争すら産地戦略に内部化しながら産地の主体性を確保していこうとする方向である。 これこそが「農民の商品化構造」にもとづいた「攻防一体型産地」の現局面である。