果樹の成長にはオーキシンやサイトカイニンなどの植物ホルモンが関与しているが,その詳細は不明である。
また,果樹における遺伝子組み換えは,リンゴなど一部の樹種で確立されているものの,形質転換効率が低いことや,
品種が限定されるなど,多くの改良の余地が残されている。
そこで,本研究では,リンゴ'Greensleeves'の培養シュートにアグロバクテリウム法により
オーキシン生合成酵素遺伝子( iaaM,iaaH )およびサイトカイニン生合成酵素遺伝子( ipt )を導入するため,
種々の培養条件の検討を行うとともにそれらの遺伝子を導入した形質転換体の作出を試みた。
さらに得られた形質転換体を馴化し,自根樹および接木樹を養成し,その成長特性を解析した。
1.形質転換シュートの作出技術向上と作出した形質転換シュートへの目的遺伝子導入の確認
リンゴの形質転換体の再分化効率は1%以下と低いことから,アグロバクテリウムと葉切片との共存培養日数,
カナマイシン(Km)の添加濃度,添加時期および前培養日数について検討した。
その結果,共存培養日数は5日共存区がシュート分化率,カナマイシン(Km)耐性シュート獲得率(形質転換)とも高く,
選抜培地におけるKmの濃度と添加時期は25mg/Lで除菌培養後の早い時期に添加するのが適当と認められた。
また,アグロバクテリウムに感染させる前に,葉切片を再分化培地で数日間培養してから感染させる方法を検討した結果,
3-7日間の前培養を行うことにより,形質転換効率が従来の1%以下から5~7%に向上した。
以上の結果から,採取して葉切片を再分化培地で数日間培養した後に,アグロバクテリウムを感染させ,
その共存日数は5-10日間程度,Km濃度は25mg/L,Km添加時期は除菌開始後の早い時期が適当と判断した。
上記の方法により,iaaM,iaaH および ipt 遺伝子をそれぞれ単独で導入した形質転換体各8~14系統を作出した。
それらの形質転換体をPCRおよびサザンハイブリダイゼーションにより目的遺伝子の導入の有無を検討した結果,
いずれの系統も形質転換体であることが確認できた。
果樹においてこれら植物ホルモン合成酵素遺伝子を導入した報告は,国内はもとより海外でもなく,初めての成果と考えられる。
2. 形質転換体自根樹の成長特性
作出した形質転換シュートを発根培地に置床し,発根処理を行った結果,非形質転換体シュートの発根と比較し,
iaaM と iaaH 形質転換体シュートの根は毛根が多く,根長も優っていた。
逆に, ipt形質転換体シュートは他より成長が劣った。
この結果から,内生オーキシンはリンゴ樹の根の成長に促進的に,内生サイトカイニンは抑制的に作用することが示唆された。
発根シュートを馴化し,組み換え体専用特定網室で2年間成長特性を調査した。
馴化後2年目の地上部の成長は,非形質転換体と比較して iaaM と iaaH 形質転換体は側枝の発生が少なく,
発生位置は主幹先端からはなれた下部に限られていた。
この結果は,形質転換体で頂芽優勢性が非形質転換体よりも強く表れていることを示唆した。
対照的に,ipt 形質転換体は非形質転換体や iaaM,iaaH 形質転換体よりも,節間が短く,主幹直径が太く,
側枝の発生が多く,その発生角度は狭く,顕著な差異が認められた。
この ipt 形質転換体の樹形は,内生サイトカイニンが側枝の発生や成長方向,幹の肥大成長に関与していることを示唆した。
なお,根の生育は,目視による観察ではあるが,培養シュートの発根と同様 iaaM,iaaH 形質転換体樹で優り,
ipt 形質転換体樹で劣った。
以上の結果から,オーキシンおよびサイトカイニン合成酵素遺伝子を導入した形質転換体は
オーキシンおよびサイトカイニンの過剰発現と考えられる成長特性を示した。
なお,これら形質転換体の導入遺伝子のmRNAの発現を幼葉で確認した結果,iaaM,1aaH の発現は確認できたが,
ipt の発現については明確な確認ができなかったため,さらに検討する必要がある。
3. 接木による成長解析
JM7を台木に,非形質転換体および各形質転換体を穂木に接ぎ木した結果,
接ぎ木1年目の穂木の成長は,主幹伸長量,節間長,主幹直径,葉の形状について,
非形質転換体および各形質転換体の間に違いが見られなかった。
しかし,2年目の成長は自根体と同様にipt形質転換体は非形質転換体および iaaM,iaaH 形質転換体と比べて,
側枝の発生,幹直径,総伸長量などに有意な差異が見られた。
一方,形質転換体を台木に非形質転換体を穂木にして接ぎ木した樹の1年目の穂木の成長はこれらの各項目に違いが見られなかった。
以上の結果,アグロバクテリウム法による遺伝子導入および再分化条件を検討し,
転換効率を従来よりも10倍程度向上させるとともに,果樹では始めて,
植物ホルモン合成酵素遺伝子を導入した形質転換体リンゴ樹を作出することに成功した。
さらに,それらの形質転換体を馴化し,成長特性を調査した結果,自根樹において,
iaaM,iaaH 形質転換体は頂芽優勢性を強く表現した生育特性を,ipt 形質転換体は,
側枝の発生や主茎の肥大,節間長などに特徴ある生育特性を示した。
また,わい性台接ぎ木樹においてもipt形質転換体は同様の特性を示した。
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