氏 名 にしむら たかし
西村 貴志
本籍(国籍) 鹿児島県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第542号
学位授与年月日 平成23年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物生産科学専攻
学位論文題目 ニホンカモシカ( Capricornis crispus )の非侵襲的試料を用いたDNA解析手法の開発
( Development of DNA analysis techniques using noninvasive samples of Japanese serows ( Capricornis crispus ) )
論文の内容の要旨

 ニホンカモシカ( Capricornis crispus 、以下カモシカ)は日本固有種であり、 我が国の特別天然記念物に指定されているが、最近ではカモシカによる農林業被害が顕在化し個体数調整が実施されている。 野生動物の生態情報の研究では直接観察が主流であるが、継続した長期の調査努力が必要で、時間と労力の面で負担が大きい。 近年「非侵襲的」なサンプルによるDNA解析が可能となってきた。 中でも糞は、フィールド調査の重要な痕跡であり、この糞を用いた遺伝子解析が多くの野生動物に適用され始めている。 しかし、このような遺伝子解析はカモシカではほとんど報告されていない。 本研究では、カモシカの野外の「ため糞」から得たDNAを用いた雌雄判別法と個体識別法を開発することを目的とした。

約8年の長期に渡ってカモシカのサンプル収集と蓄積を行ない、収集したカモシカの直腸糞等を使用してDNA抽出法を決定した。 得られたDNAを用いて、PCR法によるアメロゲニン遺伝子( AMEL )を指標にしたDNA雌雄判別法を検討し、 アガロースゲル電気泳動と遺伝子自動解析システムによるフラグメント解析で解析成功率100%という完璧な雌雄判別を初めて可能にした。 次に、他の偶蹄類のマイクロサテライト座位を増幅するプライマーを用いてカモシカで増幅が可能なマーカーを調査した。 その結果、アガロースゲル電気泳動によって58マーカーのうち55マーカー(95%)でPCR産物が確認された。 さらに、蛍光標識プライマーを用いて、特に多型性が高くカモシカの個体識別に有効な8マーカー( NA ≧4)を選抜し、 複数座位を同時に増幅するmultiplex PCRの組み合わせと各セットの至適なPCR条件を設定した。 このフラグメント解析で個体識別確率P(ID-sib)(Probability of identity among siblings)を算出したところ、 P(ID-sib)=1.19×10-3であった。 これは、個体識別に利用する際の基準値であるP(ID-sib)≦1.00×10-2を満たしていることから、 8マーカーの組み合わせは、盛岡市周辺地域個体群の個体識別には十分有用であることが明らかになった。 実際にサンプルの個体識別を試みた結果、8マーカー全ての遺伝子型が一致するものは存在せず、全ての個体を識別することが可能であった。 また、DNAフラグメント解析の誤判定を防ぐため、multiplex pre-amplification法を導入し、エラー回避の判定基準を設定しPCR条件を調整した。 この条件で個体識別を試みた結果、2頭の飼育カモシカはそれぞれ異なった遺伝子型を示し、個体を識別することが可能であった。 したがって、本法がカモシカのマイクロサテライトマーカーのフラグメント解析による個体識別に適用可能であることが示唆された。 設定した判定基準による解析成功率は95.2%(40/42サンプル)と極めて高い結果であった。 滝沢演習林で採取した糞の雌雄判別と個体識別を実施した。 アメロゲニン遺伝子とマイクロサテライト両方の全ての座位で解析が成功したのは、55サンプル中49サンプル(89.1%)で、 各座位のalleleをもとに個体識別を試みた結果、17頭の個体が識別され、内訳は雌9頭、雄8頭であった。 2002年から2008年ごとの識別頭数を平均すると4.6頭(♀2頭、♂2.6頭)であり、平均生息密度は1.64頭/km2と推定された。 また、遺伝的多様性について評価したところ、滝沢演習林個体群の遺伝的多様性はいくらか低下しているものの、 直ちに個体群の消滅が危惧されるような重篤な状態ではないことが推察された。 本研究により、カモシカのDNA解析による雌雄判別法および個体識別法が初めて確立された。 DNA解析によって得られる情報は、これまでの一般的な生息調査にデータを補完することで新たな知見をもたらすことは十分に推察される。 本研究の手法は、日本全国のカモシカの保護管理や生態学研究に有用なツールになると思われる。