氏 名 さかまき はるか
坂牧 はるか
本籍(国籍) 北海道
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第538号
学位授与年月日 平成23年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物環境科学専攻
学位論文題目 白神山地におけるニホンザルの生息地としての針葉樹人工林の評価
( Evaluation of coniferous plantations for Japanese monkey habitats in the Shirakami Mountains )
論文の内容の要旨

 北東北に分布するニホンザルは、過去の乱獲により、その生息地が孤立・分断化した。 そのため北奥羽、北上山系に生息するニホンザルは環境省の「絶滅のおそれのある地域個体群」に指定されている。 北奥羽山系に生息する白神地域個体群は、北東北最大の生息分布域を示していることから、 ソース個体群として機能することが期待されている。 しかしその生息地内には、スギを始めとする針葉樹人工林が広く分布している。 針葉樹人工林はニホンザルにとって、餌資源が少なく低質な植生タイプと考えられてきたが、 これは暖帯林での研究事例から指摘されたものであり、冷温帯林における同様の研究事例は乏しい。

 そこで本研究では、(1)ニホンザルの冬期採食地選択に関する空間評価と、 (2)スギ人工林におけるニホンザルの冬期の餌資源量評価から、 冷温帯林に生息するニホンザルの生息地としての針葉樹人工林を評価し、 白神山地を中心とした北東北に生息するニホンザル個体群の保全を目的とした針葉樹人工林施業について考察した。 冬期を対象としたのは、冷温帯林に生息するニホンザルにとって冬期は、積雪により餌資源の利用が著しく制限され、 個体数の急激な減少が起こりうるボトルネック期とされているからである。

(1) ニホンザルの冬期採食地選択に関する空間評価

 本研究では、ニホンザル野生群の直接観察から得られたデータを基に、本種の採食適地の推定を試みた。 ニホンザルの採食個体が観察された地点を記録し、 地形(標高や斜面傾斜等)や植生(若齢[林齢57年生以下]および壮齢[林齢58年生以上]広葉樹林、 若齢[林齢39年生以下]および壮齢[林齢40年生以上]針葉樹人工林; 調査地の平均林齢で分類)、 土地条件(林道からの距離)等を環境変数(計12個)として、 在データのみで解析が出来るENFA(ecological-niche factor analysis)を用いて解析した。

 その結果、本種の採食適地は、低標高域で林道に近い、南斜面の若齢針葉樹人工林に偏っていることが示され、 それぞれの環境に対する適地の幅は小さかった。 このことから冷温帯林における若齢針葉樹人工林は、冬期のニホンザルの採食地として機能することが明らかになった。 若齢な針葉樹人工林は、林床への日射量が多く、陽樹などの先駆的な植物が多く生育することから、 ニホンザルが採食地として利用したと考えられる。 しかし針葉樹人工林の下層植生は、既存研究により林齢によってその資源量や多様度は異なると考えられていることから、 針葉樹人工林におけるニホンザルの餌資源評価は別途行う必要があると考えられた。

(2) スギ人工林におけるニホンザルの冬期餌資源量評価

 上記の結果を受け、林齢の異なるスギ人工林およびブナ一次林(対照区)において、 ニホンザルの冬期餌樹木種の資源量およびその多様度を評価した。 まずニホンザルの食痕調査を行い、17種の冬期餌樹木種を特定した。 次に林齢20年生から60年生までのスギ人工林において、餌樹木の資源量およびその多様度について評価を行った。 その結果、餌樹木資源量およびその多様度は、林齢20年生から40年生にかけて減少し、林齢40年生の林分で最少となった。 その後、50年生以降の林分で再度、資源量および多様度ともに増加した。 次いで、餌樹木本数に影響を及ぼすスギ人工林の環境要因を調査した。 その結果、スギの胸高断面積合計が少なく、傾斜のある林分において餌樹木本数が多いことが示され、 これは林内への日射量が影響していると考えられた。 そのため40年生の林分で餌樹木資源量とその多様度が最少になったのは、 スギの林冠閉鎖により林内への日射量が減少したためだと考えられ、 林冠閉鎖前後の間伐がスギ人工林内に本種の餌資源を維持する上で重要であることが示唆された。

 一方で、ブナ一次林における餌資源評価の結果、餌樹木の資源量はブナ一次林の方がすべての林齢のスギ人工林よりも多かったが、 餌樹木の本数密度や多様度は、ブナ一次林の方がすべてのスギ人工林よりも低かった。 このことから当該地域では、ニホンザルの生息地としてのスギ人工林は、必ずしも低質な植生タイプではないことが明らかとなった。 本研究のこれらの結論が暖帯林の研究事例とは異なる要因として、 植栽木であるスギに対する雪害が挙げられた。 本調査地では雪害が発生することによってスギの立木本数が暖帯林よりも少なく、 林冠閉鎖の起こる林齢が暖温帯林と比較して遅くなることが、当該種の餌資源量やその多様度に影響していると考えられた。

本研究では当該地域が多雪地であるために、植栽木に対する雪害が発生しやすいことによって、 ニホンザルの生息地としての針葉樹人工林は必ずしも低質ではないと結論付けられた。 一方、雪害は木材生産を目的とする人工林に対し損害を与える。 林業採算性の低下により、育林作業にかけるコストを縮小せざるを得ない昨今では、 間伐遅れの針葉樹人工林が増加している。 そのため現存する針葉樹人工林をすべて維持するよりも、林分によっては自然林へと移行する選択肢も必要であると考えられる。 植栽木に対する雪害は平坦地よりも傾斜地で起こりやすいことが報告されていることから、 当該地域では傾斜地にある針葉樹人工林を優先して自然林へと復元することが望ましいと考えられた。 一方で木材生産を目的とする人工林では、必要な時期に適切な間伐を行うことにより、 「木材生産を目的とする森林」と「ニホンザルの生息地保全」の両立が可能になると考えられた。