氏 名 よしだ じゅん
吉田 潤
本籍(国籍) 岩手県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第534号
学位授与年月日 平成23年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物資源科学専攻
学位論文題目 Ca2+シグナル伝達に関わる遺伝子変異酵母に対して作用する機能性物質の標的分子の解析
( Study on target molecules of functional compounds affected on mutant yeast related to the Ca2+ -signal transduction )
論文の内容の要旨

 Ca2+シグナル伝達は、生命の根幹を成す重要なシグナル伝達系の1つであり、 受精、細胞分裂、神経伝達、免疫などの様々な細胞機能の調節に働いている。 そのため、多くの疾病にはCa2+シグナル伝達の異常が深く関わっている。 従って、Ca2+シグナル伝達を制御する化合物は、癌、アルツハイマー病、2型糖尿病、 アレルギーなどに対する医薬品のリード化合物や機能性食品成分、あるいは未知の生命現象の解析に役立つ化合物としての応用が期待できる。 そこで、Ca2+シグナル伝達に関わる遺伝子変異酵母( zds1Δerg3Δpdr1Δpdr3Δ、 以下遺伝子変異酵母と呼ぶ)を用いたスクリーニング系により、天然物由来の機能性物質を探索した。 本研究では、Ca2+シグナル伝達の高活性化により増殖停止した遺伝子変異酵母に対して、 その増殖能を回復させる化合物である6-(methylsulfinyl)hexyl isothiocyanate(6-MSITC、本わさび由来)、 falcarindiol(セリ科野菜由来)、ricinoleic acid(ひまし油由来)の標的分子を明らかにすることを目的とした。

 第1章では、本スクリーニング系から得られる作用機序が未知の活性物質の標的分子を推定するために、 化学療法基盤情報支援班から恵与された標準阻害剤キット及び市販の各種阻害剤をスクリーニングし、 阻害剤の標的分子と酵母の生育円表現型の関連性を解析した。 その結果、Ca2+依存的な生育円のみが、受容体型tyrosine protein kinase (EGFR) 阻害剤、 非受容体型tyrosine protein kinase (Jak 3) 阻害剤、MAPK kinase (MEK1/2) 阻害剤、 ATM kinase阻害剤などにより生じ、Ca2+依存的な生育円と阻止円がKイオノフォアなどにより生じた。 また、各種阻害剤の生育円活性についてペーパーディスクを用いて濃度依存性を調べると、各種kinase阻害剤、 Kイオノフォア、cyclooxygenase-2(COX-2)阻害剤、cytochrome P450阻害剤がCa2+依存的な生育円を示した。 以上の結果から、本スクリーニング系では、これまでに明らかにされた分子標的以外に、 tyrosine kinase阻害剤やMAP kinase阻害剤、COX-2阻害剤、Kイオノフォアなどの活性を検出できる可能性が示唆された。

 第2章では、本スクリーニング系で得た3種の機能性物質(6-MSITC、falcarindiol、ricinoleic acid)について、 各種阻害剤の生育円表現型との比較、遺伝子破壊酵母株( mpk1 Δ株、cnb1 Δ株)の合成致死、 野生株酵母のLi感受性、イムノフィリン依存性試験( zds1 Δ erg3 Δ fkb1 Δ株、 zds1 Δ erg3Δ cph1 Δ株)にて作用経路の推定を行うと共に、 in vitro における酵素阻害活性と阻害形式の解析を行った。 6-MSITC類縁体で遺伝子変異酵母に対して最も活性の強かった9-MSITCは、 ヒトGSK-3βとペプチド基質を用いた化学発光法にて阻害形式を解析した結果、 GSK-3βに対してATP拮抗阻害(Ki 値 = 10.5μM)を示した。 さらに、イソチオシアネート基の構造活性相関を解析するために、 6-MSITCと N -Acethyl-L-cyctein methyl ester(NACM)との付加体を合成してHPLC分取し、 GSK-3β阻害活性を6-MSITCと比較した。 その結果、GSK-3βに対して6-MSITC/NACM付加体(IC50 = 312.0μM)は、 6-MSITC(IC50 = 70.3μM)よりも、4.4倍弱い阻害活性を示したことから、 イソチオシアネート基が活性に重要であることが示唆された。

 生育円の表現型から標的分子がGSK-3βであると推定したfalcarindiolは、GSK-3βに対して 基質拮抗阻害( Ki = 46.5μM)を示した。 DexamethasoneとBt2cAMP処理したラット肝臓癌細胞H4IIEにおける糖新生抑制活性を調べた結果、 falcarindiolは、10μMで培地へのグルコース放出を8.6 % 抑制した。

 Ricinoleic acidは、遺伝子破壊酵母とイムノフィリン破壊酵母の作用経路の推定から、 calcineurin経路とmpk1経路に作用していることが示唆された。酵素阻害活性を解析した結果、 ricinoleic acidは、ヒトcalcineurinとペプチド基質を用いたマラカイトグリーン比色法にて、 calcineurinに対して基質拮抗阻害( Ki = 33.4μM)を示し、 化学発光法にてGSK-3βに対してATP非拮抗阻害( Ki = 18.3μM)を示した。 DexamethasoneとBt2cAMP処理したラット肝臓癌細胞H4IIEにおける糖新生抑制活性を調べた結果、 ricinoleic acidは、10μMで培地へのグルコース放出を20.7 % 抑制した。

 本研究では、3つの活性物質の標的分子の1つは、GSK-3βであることを明らかにした。 食材のわさびとセリ科野菜からGSK-3β阻害物質を見出したことから、 6-MSITCとfalcaindiolは機能性食品成分やサプリメントとしての発展が期待できる。 Ricinoleic acidは、GSK-3βとcalcineurinの両方を阻害することから、2型糖尿病に対する機能性だけでなく、 神経細胞におけるCa2+シグナル伝達の異常な活性を介した細胞死を抑制する効果も期待できる。