はじめに
馬鈴薯澱粉工業は北海道農業にとって重要な産業である.
しかし,国内産の馬鈴薯澱粉の消費は,国外産の安価な輸入澱粉や,輸入化工澱粉に押されて低迷を続けている.
そこで本研究は,国産馬鈴薯澱粉の消費拡大を目的として,化工分級馬鈴薯澱粉の物理化学特性について検討した.
分級澱粉は,大粒子,中粒子および小粒子の3種を用い,化工法には,老化耐性の付与を目的とした酢酸化,
耐熱性・撹拌耐性などの付与を目的としたリン酸架橋および両者を併用した酢酸化とリン酸架橋の二重化工の3種類を用いた.
その結果は,以下のように要約された.
1.酢酸化馬鈴薯澱粉の物理化学特性
1) 酢酸化分級馬鈴薯澱粉の物理化学特性
分級澱粉に耐老化性を付与することを目的として,無水酢酸(ACA)を用いて調製した酢酸化分級馬鈴薯澱粉の
物理化学特性(アセチル基含量,DSC熱特性,RVA粘度特性,溶解度・膨潤度,流動特性,動的粘弾性,離水率)を検討し,
酢酸化条件および粒径の影響を明らかにした.
RVAピーク粘度,ブレークダウンおよび膨潤度は,蒸留水中では小粒子ほど低く,0.1M食塩水中では小粒子ほど高くなった.
このように,酢酸化小粒子澱粉は,食塩存在下で高い粘度と膨潤粒子を維持することができるため,
食塩を含む調理用増粘剤用途に適していることを明らかにした.
一方,大粒子澱粉は0.1M食塩水中で,最も低い離水率を示し,離水抑制効果のある酢酸化と組み合わせることで,
より効果を発揮することを明らかにした.
2) 4品種の酢酸化馬鈴薯澱粉の物理化学特性
ホッカイコガネ,エニワ,メークイン,ベニマルの4品種の馬鈴薯澱粉から,ACAを用いて調製した酢酸化澱粉の物理化学特性を検討した.
ホッカイコガネとエニワは高いリン含量を示し,メークインとベニマルは低い値を示した.
ホッカイコガネとエニワは,メークインやベニマルよりも,RVAピーク粘度,ブレークダウンおよび膨潤度が高い値を示し,
この高い値はリン含量の高さに起因すると考えられる.
また,酢酸化によるRVAピーク粘度の低下や,溶解度の増加の程度はベニマルがもっとも顕著であり,
ゲル化および離水の抑制においても,ベニマルは他の3品種に比べて,酢酸化の影響が大きいことが明らかとなった.
このように,ベニマルは酢酸化の影響が顕著であることから,酢酸化澱粉としての利用に適していることが示唆された.
2.リン酸架橋分級馬鈴薯澱粉の物理化学特性
分級澱粉に耐熱性および粘度安定性を付与することを目的として,
トリメタリン酸ソーダ(STMP)処理により調製したリン酸架橋分級馬鈴薯澱粉の物理化学特性
(リン含量,DSC熱特性,RVA粘度特性,B型粘度計による粘度,溶解度・膨潤度,流動特性,
動的粘弾性,ゲル破断強度,離水率)について実験を行った.
特に,レトルト加工食品用途における利用適性を検討するために,RVA粘度特性およびDSC熱特性を除く諸特性の測定には,
121℃,30分間オートクレーブ処理をした澱粉糊液を用いた.
RVAピーク粘度は小粒子ほど低い値を示した.
しかし,121℃,30分間オートクレーブ処理をした糊液の粘度は,中粒子澱粉がもっとも高く,
貯蔵弾性率や損失弾性率,ゲル破断強度も中粒子澱粉が大粒子および小粒子澱粉よりも高い値を示した.
これらの結果は,リン酸架橋処理によって増加した中粒子澱粉のリン含量が,
大・小粒子澱粉よりも若干高かったことが原因と推察される.
このことから,リン酸架橋中粒子澱粉はオートクレーブ処理後も高い粘度を維持することが解り,
耐熱性および撹拌耐性を求められる加工食品用途に適していると考えられる.
3.酢酸化リン酸架橋分級馬鈴薯澱粉の物理化学特性
酢酸化による老化耐性の付与と,リン酸架橋による耐熱性,撹拌断性などの付与を目的として,
酢酸化とリン酸架橋の2種類の化工法を組み合わせた二重化工澱粉の物理化学特性
(アセチル基含量,リン含量,DSC熱特性,RVA粘度特性,B型粘度計による粘度,
溶解度・膨潤度,流動特性,動的粘弾性,離水率)について検討した.前述2.で述べたように,
DSC熱特性,RVA粘度特性を除く諸特性の測定は121℃,30分間オートクレーブ処理を行った糊液を試料として用いた.
溶解度・膨潤度,B型粘度計による粘度,損失正接では,STMP添加量1000ppmの場合,
粒径間やACA添加量の違いによる差異が見られない,あるいは極めて小さくなった.
このため,分級の効果が顕著に現れるのは,STMP添加量500ppm以下であると考えられた.
また,0.1M食塩水中で測定した離水率に関して,いずれの粒径およびSTMP添加量においても,
ACA添加量が3.0および5.0%では離水を示さなかった.
すなわち,本実験条件下においては,老化耐性を付与するためにはACA添加量3.0%以上の酢酸化処理が望ましいことが明らかになった.
オートクレーブ処理した4%糊液の粘度(B型粘度)は,酢酸化によって低下したが,
リン酸架橋によって増加し,95℃まで加熱した未化工澱粉糊液と同程度の粘度を示した.
また,冷蔵(4℃)14日目の粘度は,ACA添加量が3.0および5.0%の場合,いずれのSTMP添加量においてもゲル化を示さなかった.
さらに,リン酸架橋によって増した離水率が,酢酸化によって抑制されることも明らかになった.
このことから,酢酸化とリン酸架橋を併用することによって,大粒子,中粒子および小粒子の3種の分級澱粉とも,
老化耐性と耐熱性・粘度安定性を獲得することができたと考えられる.
本研究の結果は,加工食品の用途に合わせて,粒径の異なる化工馬鈴薯澱粉を使用することができ,
より細かなニーズに応えられる可能性を示唆した.
このことは,国産の化工馬鈴薯澱粉製造による分級馬鈴薯澱粉の消費拡大に繋がるものであり,
国産化工澱粉の製造および食品加工業に重要な情報を与えるものである.
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