本研究は、リンドウにおける倍加半数体作出技術の開発のため、
葯培養および未受精胚珠培養について培養条件の検討を行い、さらに未受精胚珠培養由来胚様体の発達機構を明らかにするため、
形態学的解析およびEST解析を行ったものである。
先ず、葯培養条件の検討を行ったところ、胚形成由来の植物体を獲得し、
その植物体が自然倍加による倍加半数体であることを確認することができた。
次に、葯培養における問題点を解決するため、未受精胚珠培養の検討を行った結果、
葯培養よりも汎用性が高く、より多くの半数体を獲得することができた。
さらに、この未受精胚珠培養由来胚様体の発達機構の解析を行い、この胚様体が胚としての機能を持つことを明らかにした。
本研究はリンドウのF1品種育成に不可欠な純系作出法を確立し、さらに、
未受精胚珠培養由来胚様体の解析によって得られた知見は、
リンドウの育種のみならず遺伝学的、分子生物学的基盤となることが期待される。
第1章 葯培養による倍加半数体の作出
本章ではリンドウの葯培養からの倍加半数体作出を目指し、Gentiana triflora (エゾリンドウ)における
胚形成に影響のある花粉発達ステージや誘導処理、培養温度、照明条件などの培養条件の検討を行った。
その結果、長さ9~12mmの蕾の葯から不定胚が得られ、その胚から植物体を再生させることができた。
調査した温度などの培養条件に関しては、胚形成への影響は確認されなかった。
G. triflora の葯培養条件を用いて、G. scabra(ササリンドウ)で葯培養を行ったところ、
胚形成率が低く、遺伝子型による影響が大きいことが明らかとなった。
再生した植物体について倍数性を調査した結果、半数体、2倍体および3倍体を確認し、
特に約70%が3倍体であること明らかとなった。
2倍体の再生個体P6から自殖後代Aki6PS系統を獲得し、この系統についてISSR法を用いて遺伝的固定度を調査した結果、
葯培養由来2倍体は自然倍加による倍加半数体であることを明らかにした。
第2章 未受精胚珠培養による倍加半数体の作出
第1章で葯培養からの倍加半数体作出に成功したが、葯培養は胚形成率が低く、遺伝子型間の差異が大きく、
再生個体の約70%が3倍体である等の課題が残った。
そこで、もう一方の半数性細胞である、雌性配偶子からの半数体および倍加半数体獲得を目指し、
未受精胚珠培養の検討を行った結果、遺伝子型の影響は見られたものの、
供試した23品種・系統全てから胚様体を獲得し、植物体を再生させることができたことから、汎用性の高い技術であることが示された。
また、再生個体823個体について倍数性調査を行った結果、47%が半数体、41%が2倍体であり、
再生個体の約90%が半数体および2倍体であり、半数体が再生していたことから、再生個体は雌性配偶子由来であることが示唆された。
2倍体について、DNAマーカーを用いた純系検定を行ったところ、
ドナー個体で増幅した2本のバンドがほとんどの再生個体でどちらかの1本のバンドに分離することが確認され、
倍加半数体であることが示唆されたが、一部についてはドナー個体と同じバンドパターンを示したことから、
体細胞由来の再生個体が生じることは否定できなかった。
さらに確実に倍加半数体を獲得するため、半数体の倍加処理法について検討を行ったところ、
約1週間の50 μMオリザリン処理により倍加個体を作出できることを確認した。
未受精胚珠培養は葯培養の問題点であった、遺伝子型による差異が少なく、
また、多くの半数体を獲得できる技術であることから、
リンドウの倍加半数体作出法として有効であることが明らかとなった。
第3章 未受精胚珠培養由来胚様体の発達機構の解析
第2章で、未受精胚珠培養から半数体に発達する胚様体の形成を確認したが、未受精胚珠培養由来胚様体についての知見は少ない。
本章では未受精胚珠培養による胚様体の形成機構について、形態学的、分子生物学的解析を行った。
形態学的観察により、胚乳の形成が見られず胚様体では維管束様細胞等の器官形成が確認され、
形態は異なるものの胚として発達していることが示唆された。
さらにEST解析を行った結果、2372 ESTsから272のContig配列と1171のSingletonが得られ、計1443のUnigeneが得られた。
それらのUnigene について、BLAST X programで相同性検索を行ったところ、983 ESTsで相同遺伝子が見出された。
この相同遺伝子の中にはLEA関連遺伝子が含まれており、胚様体は胚として発達していることが支持された。
また、胚乳に関連した遺伝子は見出されず、形態学的観察の結果と一致した。
相同遺伝子が見出されなかった460 ESTsには新規の遺伝子が含まれている可能性があり、今後詳細に解析していく必要がある。
本研究では形態学的観察およびEST解析により、未受精胚珠培養からの胚様体発達に関する基礎的知見を得ることができた。
また、今回得られたEST解析のデータはSSRやSNPsマーカーの開発等、リンドウのゲノム研究やそれを利用した育種への応用が期待される。
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