氏 名 さとう みかこ
佐藤 三佳子
本籍(国籍) 北海道
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第529号
学位授与年月日 平成23年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物資源科学専攻
学位論文題目 春まきパン用コムギ品種の栽培法による収量・品質安定化に関する研究
( Studies on the cultivation method for stable yield and high quality of breadmaking spring wheat )
論文の内容の要旨

 パン用コムギは,国内での需要は高いが,年次により収量や品質が一定していないため, 作付面積は伸びておらず生産量も少ない. そこで,春まきパン用コムギの収量とタンパク質含有率の安定化を目的として, 生育診断法,栽培技術,特に窒素追肥法の改良について検討し,品種特性に応じた栽培指針を作成した.

1.春まきコムギの生育診断

(1)穂揃期における生育診断技術の開発
 春まきコムギの子実タンパク質含有率を推定するために,北海道北部地域の「春よ恋」の穂揃期の生育診断法を作成した. 成熟期の植物体窒素含量,収量,子実タンパク質含有率の関係を精査した結果, 成熟期窒素含量を2 g m-2水準別に区切り,各区切り毎に子実タンパク質含有率と収量との関係をみると, 両者に高い負の相関関係が認められた. 次に,これら成熟期の形質と,穂揃期の草丈,展開第2葉葉色値,穂数およびそれらの積との関連を検討した結果, 成熟期窒素含量は,「穂揃期の草丈×展開第2葉葉色値」との相関が高かった(r =0.872,P <0.01). 収量は,「穂揃期の草丈×展開第2葉葉色値×穂数」との相関が高かった(r=0.826, P <0.01). したがって,穂揃期の生育から成熟期窒素含量と収量を推定し,そこから子実タンパク質含有率を推定することが可能であった.

(2)タンパク質含有率推定に適した測定葉位,測定時期の検討
 葉色値によるタンパク質含有率の推定法について検討したところ,測定葉位は展開第2葉が適していたが, 調査時期は穂揃期よりも開花期~開花揃期がより適していることが明らかとなった. 葉身窒素濃度2.0%以下は,生育診断には不適であった.

2.追肥技術の高度化による品質安定化手法の開発

 北海道北部地域で春まきコムギ「春よ恋」における開花期以降の尿素葉面散布(窒素成分で計2.76 gm-2)が, 収量,子実タンパク質含有率に与える効果について検討した. その結果,開花期以降3回(開花期,開花期から7日目,開花期から14日目)の尿素葉面散布は, 硫安土壌施用や開花期以降2回の尿素葉面散布よりも安定的にタンパク質含有率を向上させる効果があり, 千粒重と収量を増加させる傾向も認められた. ただし,倒伏や生育途中での葉の黄化が発生した場合,尿素葉面散布の効果は劣った. また,無散布区のタンパク質含有率が高くなるような条件下では,尿素葉面散布の効果は低減することが明らかとなった.

3.品種特性に応じた栽培指針の構築

(1)新品種「はるきらり」の窒素施肥法
 2007年に北海道優良品種となった春まきパン用コムギ品種「はるきらり」と現在の基幹品種「春よ恋」の窒素施肥反応の差を明らかにし, 「はるきらり」のタンパク質含有率をパン用として適切な範囲(11.5~14.0%)となるような窒素施肥法を策定した. 1)「はるきらり」の耐倒伏性から,基肥窒素量は12 gm-2を超えない範囲で, 「春よ恋」の標準施肥量に3 gm-2の増肥が適当である. ただし,例年「春よ恋」で著しい倒伏を生じる圃場では,増肥すべきではない. 2)「はるきらり」のタンパク質含有率は低くなりやすいため,窒素の後期追肥は必ず行う. 3)少雨条件になりやすい地帯は,開花期以降の葉面散布3回,それ以外の地帯では同4回または止葉期の硫安土壌施用を行う. ただし,収量水準が600~660 gm-2となるような多収圃場では, 耐倒伏性とタンパク質含有率を安定的に両立させることが難しい場合があると想定された.

(2)播種期・播種量の差が生育・収量に及ぼす影響
 「はるきらり」と「春よ恋」に対して,播種の遅れによる収量の低下程度と播種量の多少が生育や収量に与える影響について明らかにした. その結果,2品種共に播種が遅れるにつれ直線的に収量が低下したため,融雪後可能な限り早く播種すべきであった. 播種量の増減は,「はるきらり」の穂数や収量に大きな影響を及ぼした. 特に播種量の減少は穂数を減少させ,減収したことから,340粒m-2の現行播種量を厳守すべきであった.

(3)開花期までの生育差が収量に及ぼす影響
 開花期までの生育差が収量に与える影響について,出芽期から止葉期,出芽期から幼穂形成期, 幼穂形成期から止葉期までの期間に被覆保温し,以降の生育を解析した. 処理間の窒素含量は同程度であったが,幼穂形成期に保温した区で多収となった. これは,幼穂形成期の保温により,開花期の生育量が確保されたためと考えられた.

 以上から,春まきパン用コムギでは,品種特性や栽培環境に応じて ①初期生育の確保と耐倒伏性の両立, ②生育診断によるタンパク質含有率の推定, ③追肥方法の選択の3点を解明することが栽培技術の構築に必要であるといえる. 本研究では「春よ恋」と「はるきらり」の2品種について検討したが, 他の品種についても,各地域の圃場環境下で最大限能力を発揮させられる技術を構築することが収量・品質の安定化のために重要である.