氏 名 くらうち たすく
倉内 佑
本籍(国籍) 青森県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第527号
学位授与年月日 平成23年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物資源科学専攻
学位論文題目 黄ダイズの種皮着色抑制に関与する内因性RNAサイレンシングについての分子遺伝学的研究
( Molecular genetic analysis of RNA silencing inhibiting seed coat pigmentation in yellow soybean )
論文の内容の要旨

 RNAサイレンシングとは、低分子RNAを介した遺伝子発現抑制機構であり、 黄ダイズの種皮着色抑制はカルコンシンターゼ(CHS)をコードする遺伝子のRNAサイレンシング( CHS RNAサイレンシング)による。 つまりCHSはフラボノイド生合成経路の第一段階を触媒する酵素であるため、 黄ダイズでは CHS RNAサイレンシングによりCHS転写産物量が大きく低下し、 種皮を着色するフラボノイド色素生合成が阻害される。 また、種皮着色抑制、すなわちCHS RNAサイレンシングの誘導にはI 遺伝子の関与が示唆されており、 その候補領域である GmIRCHSGlycine max inverted repeat of CHS pseudogene)が単離され、 その構造が明らかにされている。

 GmIRCHS の構造的特徴として、5'領域が欠損した CHS 遺伝子(pseudo CHS3 )が 互いに逆向きに配置するインバーテッドリピート(IR)を形成しており、 もし GmIRCHS が完全に転写されればpseudo CHS3 の二本鎖RNA (dsRNA) を形成することが考えられる。 標的遺伝子の二本鎖RNAがRNAサイレンシングを引き起こすことが明らかになっており、 GmIRCHSCHS RNAサイレンシングを誘導する可能性が示唆されるが、その詳細はわかっていない。 また、RNAサイレンシングには標的遺伝子もしくはその相補鎖の塩基配列に相同な20から25塩基の低分子RNAの関与が明らかになっており、 siRNA(short interfering RNA)とよばれている。 siRNAは標的遺伝子の二本鎖RNAがDicerにより切断されることにより作り出される。 黄ダイズの種皮において実際に CHS 遺伝子のsiRNA(CHS siRNA)の存在は示されているものの、 その詳細は GmIRCHS と同様、不明のままである。

 本論文では、黄ダイズ種皮の CHS RNAサイレンシングに重要な GmIRCHS および CHS siRNAについて、詳細な解析を行った。得られた結果は以下の通りである。

1. RNaseプロテクションアッセイを用いて GmIRCHS に由来するdsRNAの検出を行った。 その結果、黄ダイズ種皮において GmIRCHS は全長が転写されており、 この転写産物が1087 bpにわたるpseudo CHS3 dsRNAを形成しうることが判明した。

2. RNAゲルブロット分析により、黄ダイズおよび着色ダイズの各組織(種皮、子葉、成葉)についてCHS siRNAの検出を行ったところ、 黄ダイズ種皮では22 ntと26 ntのオリゴDNAサイズマーカー付近にそれぞれバンドが検出された。 そのうち、22 nt付近のバンドは黄ダイズ種皮のみに特異的に検出されたことからCHS siRNAである可能性が高い。 一方、26 nt付近のバンドは黄ダイズおよび着色ダイズに関係なく全ての組織でも検出されたためCHS siRNAではないと考えられた。

3. 次世代シーケンサーを用いてsmall RNA塩基配列を同定し、バイオインフォマティクス的手法を用いて解析を行った。 その結果、黄ダイズ種皮ではCHS遺伝子およびその相補鎖の塩基配列と完全一致するsmall RNA (CHS sRNA) が多数同定され、 それらのサイズのほとんどは21 ntと22 ntであった。 一方、着色ダイズにおいて同定されたCHS sRNAはごくわずかであった。 RNAゲルブロット分析の結果もあわせて、黄ダイズ種皮で同定された21 ntと22 ntのCHS sRNAがCHS siRNAであると結論づけた。 これらのCHS siRNAのほとんどはCHS遺伝子のexon2の中央領域から3' 領域にかけて由来しており、 これはRNAゲルブロット分析の結果とも一致した。

4. 塩基多型によりほとんどのCHS siRNAは CHS 1/2/3/4/5/6/9CHS 7/8 のいずれかの サブファミリーに分類することができた。 また、 GmIRCHS のpseudo CHS3 特異的なCHS siRNAや、 CHS 遺伝子メンバー ( CHS2、CHS4/5、CHS6、CHS7、CHS8、CHS9 ) のそれぞれに特異的なCHS siRNAも同定された。 これらのことから、 GmIRCHS のリードスルー転写産物に由来するpseudo CHS3 dsRNAからprimary CHS siRNAが生産され、 RdRPにより合成された全 CHS 遺伝子由来CHS dsRNAからsecondary CHS siRNAが生産される可能性が示唆された。

5. CHS siRNAの5' および3' 末端構造の解析を行った。 その結果、5' 末端がモノリン酸化されており、3' 末端には何らかの修飾が存在することを明らかにした。 このことから、CHS siRNAはDicerによりCHS dsRNAから作り出された後に、 HEN1タンパク質によって3' 末端がメチル化修飾される可能性が示唆された。

 以上の結果により、黄ダイズ種皮における CHS RNAサイレンシングの分子機構に関するモデルを組み立て、 黄ダイズの種皮着色抑制機構についての考察を行った。