氏 名 えびな まさゆき
蝦名 真行
本籍(国籍) 青森県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第525号
学位授与年月日 平成23年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物資源科学専攻
学位論文題目 The mechanism of the enhancement of TCDD-triggered Cyplal transcription by dysfunction of nonmuscle myosin IIA in Hepa-1 Cells
( NMIIAの機能阻害により引き起こされるTCDD依存 Cyplal 転写増大における分子メカニズム )
論文の内容の要旨

 2, 3, 7, 8-tetrachlorodibenzo- p -dioxin (TCDD) などに代表されるダイオキシンは、 一般廃棄物の不完全燃焼などにより容易に生成される化合物である。 これらの化合物は、発がん性、胸腺の萎縮による免疫抑制、 さらには口蓋裂に代表されるような催奇形性を引き起こすことが動物実験を通して確認されている。 TCDDは細胞内に存在するAryl hydrocarbon receptor (AhR)の外来性リガンドとなり, Cyp1a1 などに代表されるシトクロームP-450薬物代謝酵素遺伝子の発現に寄与することが知られており、 TCDDによるAhRを介した Cyp1a1 の転写系は発ガンに関与する分子メカニズムとして非常によく研究されている。

 一方、Nonmuscle myosin II (NMII)は非筋細胞において、 アクチンと結合したアクトミオシンという形で細胞骨格の一部をなし、 細胞の形態維持、運動性、細胞間接着に関わる因子である。

今回我々は、マウス肝癌細胞由来Hepa-1細胞とNMIIに特異的な阻害剤である(-)-blebbistatinを用いることにより NMIIの機能がTCDDによるAhRを介した Cyp1a1 の転写に関与しているのかどうかを調べた。 結果、(-)-blebbistatin処理によりTCDDによる Cyp1a1 の転写が増大したが、 TCDD未処理の場合にも Cyp1a1 の転写の増大が見られた。 そこで、阻害効果のないエナンチオマーである(+)-blebbistatin処理の効果を比較実験することにより、 TCDDによる Cyp1a1 誘導の増大はNMIIの阻害によるものであると結論付けられた。 さらに、AhRのリガンド結合部位に変異を導入することでリガンド結合能が欠如したMutantであるF318Aを用いた Gal4-AhR レポーターアッセイにより光学活性に関わらずblebbistatinはAhRのリガンドになっているであろうという示唆を得た。 次に、(-)-blebbistatinはNMIIに特異的に作用すること、 NMIIには3つアイソフォームしか存在しないことの2つの点を利用してHepa-1細胞でどのアイソフォームが発現しており、 (-)-blebbistatinの標的となっているのかを確認した。 結果として用いているHepa-1細胞ではNMIIAのみが発現しており、これが(-)-blebbistatinの標的因子であると考えた。 このことを確実にするために細胞内のNMIIAをノックダウンし、TCDDによる Cyp1a1 の誘導の変化を調べた。 結果、(-)-blebbistatin処理と同様にTCDDによる Cyp1a1 の誘導促進が見られ、 さらに、NMIIAの阻害とノックダウンによる細胞の形態変化も非常に類似するものであった。 しかし、TCDDによる Cyp1a1 の誘導を促進することに関しては細胞内のAhRの量の変化からも核へ移行する AhRの量からも説明できる現象は観察されなかった。 TCDDによるAhRを介した Cyp1a1 の転写メカニズムに関してはAhRの核移行後、 ARNTとの二量体化を経てエンハンサー領域内にある標的配列XREに結合することで、 転写開始のシグナルがTATAボックスに伝わりRNAポリメラーゼ(RNAPII)が転写を促進することが知られている。 そこで、この段階にNMIIAの機能阻害が影響を与えている可能性をChromatin immunoprecipitation (ChIP)アッセイにより検討した。 結果、NMIIAの機能阻害による Cyp1a1 の転写促進はAhRとRNAPIIのそれぞれの標的配列である XRE、TATAボックスへの結合の増大によるものであることが結論付けられた。 さらに、NMIIAに関しての実験から、NMIIAが細胞核にも存在し、Cyp1a1 のTATAボックス領域上に存在すること、 本来転写終結の段階に関わるCleavage and Polyadenylation Specificity Factor (CPSF)複合体と結合することが示された。 本来、細胞の形態変化に関わるNMIIAの機能が特定の遺伝子発現の増大に関わる、核にも存在する、 CPSF複合体と結合するという報告は過去に無く、今回の発見は非常に新規性の高いものである。 現段階では、このNMIIAの機能阻害が引き起こすTCDDによる Cyp1a1 の転写促進の生理学的意味は不明であるが、 本研究結果は今後、未知の部分が多い遺伝子発現制御の分野に新しい概念を提示できるものと考えられる。