氏 名 くどう ひろあき
工藤 洋晃
本籍(国籍) 宮城県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第524号
学位授与年月日 平成23年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物生産科学専攻
学位論文題目 Characterization of cadmium sorption to plasma membrane vesicles isolated from barley roots
( オオムギ根から単離した細胞膜小胞のカドミウム収着の特徴付け )
論文の内容の要旨

 オオムギ根から単離した細胞膜小胞のCd収着に対する、いくつかの無機元素またはキレート薬剤、 界面活性剤の影響の特徴付けにより、膜小胞に収着したCdの分布(吸収と吸着の区別)および、 ある無機元素が植物体のCd吸収(濃度)を軽減する仕組みに関する知見を得た。

 水性二層分配法により水耕オオムギ根から高純度の細胞膜を単離した。 様々な条件下で膜小胞に50μMのCdSO4を投与し、17℃で静置した。 ニトロセルロースフィルターを用いた直接ろ過法で反応溶液から膜小胞を分離し、 膜小胞をトラップしたフィルターのCd含量をフレームレス式原子吸光法で測定した。

 細胞膜小胞にCdを投与すると、小胞内腔への受動的浸透(吸収)と、小胞表面への吸着の両方が同時に起こることが分かった。 ゆえに、本研究では、Cdを投与した細胞膜小胞のCd含量は「Cd収着」と呼んだ。 実験結果より、膜小胞に収着したCdの浸透(吸収)と吸着の割合はおよそ半々と見積もられた。

 細胞膜小胞のCd収着実験に基づいた、植物体のCd吸収応答の予測を試みるべく、 膜小胞のCd収着およびオオムギ植物体のCd吸収応答に対する、MAとMnの影響を調査した。 実験の結果、MAは細胞膜小胞のCd収着を有意に低下させたが、植物体のCd吸収には影響しなかった。 細胞膜小胞のCd収着がMAにより低下したため、植物体のCd害もMAにより軽減されると期待したが、 MAを用いた栽培実験ではMAによるCd吸収抑制は見られなかった。 一方、Mnはpre-applicationの場合のみ細胞膜小胞のCd収着を有意に低下させた。 過剰量のMnをオオムギ植物体に投与したとき、オオムギのCd害は予想通り低減された。 しかし、過剰量のMnによるオオムギ植物体のCd害軽減は、Cd吸収速度の抑制によるものではなく、 植物細胞の正常性の保護に起因すると思われる結果が得られた。 以上の結果から、細胞膜小胞のCd収着の分析に基づく、植物体のCd吸収応答の予測は、現段階では極めて困難であると判断し、 根組織から単離した細胞膜小胞のCd収着分析は、 植物体のCd吸収(Cd害)を変化させる要因が根細胞膜上で作用しているかどうかを検討するための指標にとどめておくべきと考えた。

 細胞膜小胞のCd収着に対するMgの影響を調査したところ、 ①50μMより高い濃度のMgは細胞膜小胞のCd収着を抑制できること、 ②Mgは膜小胞に収着したCdの一部を除去できることが明らかになった。 過去の実験では膜小胞懸濁液をろ過したフィルターを50 mMのMgSO4ですすいでいたため、 過去の全ての実験および本論文の第3章から第5章までに示した実験で細胞膜小胞のCd収着量を低く見積もっていたことが上記②より示された。 Mgを含まない溶液でフィルターをすすぐ方法で過去の実験をいくつか再現し、 過去の実験では実際に膜小胞のCd収着が低く見積もられ、特にpost-applicationの効果が見落とされていたことが分かった。 方法を修正して行なった再実験により、細胞膜小胞のCd収着に対するCu・Fe・EDTA・浸透ショック・Triton X-100の影響について、 過去の結果とは僅かに異なるデータが得られたが、幸いなことに、誤った結論を導くほどの差異ではなかった。 一方で、Mgが膜小胞に収着したCdの一部を除去できるという事実は、 細胞内膜系に吸着したCdをMgが除去することで植物細胞のintegrity保護に貢献し、Cd害の低減につながる可能性が推察された。

 細胞膜小胞のCd収着に対するCaの影響はMgの場合と類似点が多かった。 Caも膜小胞のCd収着を予防的かつ競合的に低下させるが、Cd収着を有意に低下させるには高濃度のCaを要することが明らかになり、 さらに、Caが膜小胞のCd収着を抑える部位はMgと類似する可能性が考えられた。 ただし、Mgの場合とは異なり、膜小胞に収着したCdをCaが除去する効果は確認されなかった。

 以上のように、生きた(intactな)植物体を用いた実験と、植物根から単離した細胞膜小胞を用いた実験を組み合わせることで、 ある無機元素がどのような仕組みで植物のCd吸収抑制(あるいは濃度低下)に貢献するかついて有益な情報が得られた。 本研究で示した実験手法は簡便で迅速な分析が可能であり、Cd以外にも様々な元素に適用できるので汎用性が高い。 この手法が広く普及し、植物栄養生理学のさらなる発展に貢献することを期待する。