氏 名 かく えいこう
赫 英紅
本籍(国籍) 中国
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第522号
学位授与年月日 平成23年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物生産科学専攻
学位論文題目 リンゴ葉圏微生物群モニタリングのための真菌・細菌・ウイロイドのマクロアレイ解析
( DNA macroarray analysis of fungi, bacteria and viroid for monitoring microbial diversity in apple phyllosphere )
論文の内容の要旨

 本研究は,リンゴ樹葉圏に生息する病原性及び非病原性の菌類・細菌類・ウイロイドなど主要な微生物群を対象として, 菌類・細菌類に関しては病原性・非病原性を含む様々な種類を網羅的に検出・定量するシステムを構築することを目的として実施した。 本法を活用することで,葉圏に感染或は生息する様々な微生物の網羅的診断が可能となることに加え, 微生物群が異なる環境条件の下でどのように変動するか,その特徴を解析でき, 病害防除上最も理想的な微生物層のあるべき形を考察することが出来るようになるものと考えている。

 第1章と第2章では,2006-2008年にかけて,リンゴ樹に生息する菌類・細菌類に関して, 30年にわたって自然栽培農法を継続しているリンゴ園を含む,青森県弘前市近辺にある3箇所5区の無化学農薬, 減化学農薬,慣行農薬栽培リンゴ園を調査区に設定し,定期的にリンゴ葉を採集し,PSA培地とキングB培地を用いて, 平板寒天培養法でリンゴ葉圏に棲息する培養可能な真菌・細菌類を分離・同定した。 その結果,真菌類33属,細菌類22属が分離され,真菌類では AureobasidiumCladosporium 属, 細菌類では Bacillus 属が優占することを明らかにした。 続いて,得られた結果に基づいて,リンゴ葉圏微生物を検出・モニタリングするためのマクロアレイを考案し, 主要な病原性及び非病原性真菌・細菌類41種の種或は属レベルでの特異的検出に成功した。 また,複数の真菌類と細菌類を同時に高感度且つ迅速に検定できることを証明した。 このマクロアレイには,真菌のrDNA-ITS配列と細菌の16S-rDNA遺伝子配列から属或は種特異的な40塩基の配列を抽出したオリゴDNAを採用した。

 第3章では,第2章で開発したマクロアレイ法を用いて,2009年、2010年の無化学農薬,減化学農薬, 及び慣行農薬防除を含む複数のリンゴ園のリンゴ葉圏真菌・細菌類の多様性,季節変動を解析し, 化学農薬散布等が葉面微生物相に及ぼす影響を考察した。 2009年は,真菌類では Aureobasidium,Cladosporium,Cryptococcus が優占し, 無化学農薬区では黒星病菌,褐斑病菌も高濃度に感染していた。 2010年は,7月までは2009年と類似しており,全ての区において Aurerobasidium 属, Cladosporium 属が優占し, 無化学農薬区では,黒星病や褐斑病の病原菌も優占していた。 しかし,興味深いことに8月以後,全試験区の真菌・細菌検出量が顕著に減少し, これは2010年の7月後半から9月末までの猛暑の影響によるものではないかと考えられた。 また,2009年度同様に,無化学農薬区では,慣行農薬区に比べて真菌類が多様である傾向が見られた。 2009年も2010年も細菌類は Bacillus 属が最も優占し, Pseudomonas,Sphingomonas 属も確認された。 真菌類に比べると化学農薬散布による影響は見られず,むしろ総細菌量は化学農薬散布区で若干多い傾向が見られた。 しかし,化学農薬を散布した試験区の総細菌量が若干多いにもかかわらず,無化学農薬区の方が菌の種類がやや多いことから, 化学農薬散布では種の多様性が減少し,少数の種の寡占が起こっていることが示唆された。

 第4章で,日本で初報告,世界でも2例目の報告となる Apple dimple fruit viroid (ADFVd)について, その病原性を明らかにするため,日本の主力リンゴ品種・フジでの接木伝染性と果実に生じる病徴を観察した。 その結果,本ウイロイドに感染したフジには,接木2年目に果実表面の凸凹と黄色のさび状病斑が現れ, 黄色さび症状は果実の上部(こうあ部)により明瞭に発生するのが特徴であった。 ひどい場合は果実の上部から果面全体に黄色さび状病斑も発生し,果面が和ナシのような感じになった。 また,接木3年目の2010年には,接木した穂木に着果した果実を中心に,クレーター状に陥没した黄色の小さな斑点が多数観察された。 この症状はイタリアで報告された症状と類似しており,フジにも同様の症状が現れることが明らかになった。 さらに、上記のADFVdを含む3種類の既知リンゴウイロイド: Apple scar skin viroid (ASSVd), Apple fruit crinkle viroid (AFCVd), Apple dimple fruit viroid (ADFVd)を対象として, 各ウイロイドを同時に特異的に検出するリンゴウイロイドマクロアレイ法を開発した。 実際の圃場で発生した異常果を本法で検定したところ,AFCVdとASSVdの重複感染を正確に検出することができた。

 以上,本論文ではオリゴヌクレオチドを用いたマクロアレイ技術を基盤として, リンゴの葉圏に生息する病原性及び非病原性の真菌類と細菌類,及び国内で発生するリンゴに病原性を有する3種の ウイロイドを一括で半定量的に検出する手法を開発し,その有効性を証明した。 本研究で開発したオリゴヌクレオチドマクロアレイ法は,リンゴ葉圏に生息する主要な真菌・細菌・ウイロイドをモニタリングし, 最終的には葉面微生物相の変化が病害虫の発生にどのように作用しているかを評価するための一つの有効な手段として活用できるものを期待される。