氏 名 さいとう ふみや
齋藤 文也
本籍(国籍) 岩手県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第520号
学位授与年月日 平成23年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物生産科学専攻
学位論文題目 アスタキサンチンを給与した産卵鶏由来の卵における卵質と孵卵成績
( Egg quality and hatching performance of eggs from laying hens given dietary astaxanthin )
論文の内容の要旨

 アスタキサンチン(Astaxanthin: AX)はカロテノイドの一種であり赤色を呈し抗酸化活性の高い色素である。 AXは鶏用飼料として通常用いられる原料(トウモロコシ、大豆など)にはほとんど含まれておらず、 ヘマトコッカスなどの藻類やエビやカニの甲殻類などに含まれ、 赤色酵母ファフィアロドチーマ( Phaffia rhodozyma : PR)にも豊富に含まれている。 一方、栄養素の一種である多価不飽和脂肪酸(Polyunsaturated fatty acid: PUFA)の摂取は、 生活習慣病などの予防や改善に効果があることが広く知られている。 そこでPUFAの豊富な卵を作り出すために、PUFAを多く含む魚油やアマニ油などを飼料に添加して産卵鶏に給与していたが、 卵の風味(魚臭)、生産性および原料中PUFAの酸化などが問題となった。 また、微細藻類にはPUFAが多く含まれ、特にナンノクロロプシス( Nannochloropsis sp.: NA)には PUFAの一つであるエイコサペンタエン酸が多いことから、飼料にAXとNAを同時添加して産卵鶏に給与することにより、 AXの抗酸化能が飼料給与時におけるNA中PUFAの酸化を防ぐ可能性が考えられる。

 鶏卵の孵化において、胚の成長に重要な役割をもつ卵黄中PUFAは、環境からの様々なストレスにより酸化されやすく、 生成される過酸化物の増加は孵化率の低下に繋がることが指摘されている。 一方、AXを含有した卵では、高温下で長期間貯卵しても脂質過酸化の指標であるTBARS値の上昇が抑制されたと報告されている。 また牛の受精卵培養において、暑熱条件は初期胚に酸化ストレスを生じさせ胚の成長を遅延させるが、 培養液にAXを添加することにより成長遅延が改善されたと報告されている。 以上より、AXを飼料経由で有精卵に移行させることにより、貯卵時の環境 (温度、期間) ストレスを低減させる効果が期待できる。 本研究では、PRを産卵鶏に給与することにより有精卵にAXを移行させ、 AXが卵黄中PUFA蓄積へ及ぼす影響および有精卵の孵化率へ及ぼす影響を調べることを目的とした。

 第一に、産卵鶏にAX添加飼料を給与して、卵黄中のAX濃度および孵化した雛の血清中と肝臓中のAX濃度変化を経時的に調べた。 産卵鶏へのAX給与は産卵率や卵殻強度などに影響を及ぼさなかった。 AX添加飼料給与後、卵黄中AX濃度は経時的に上昇したが、給与10日目以降プラトーな状態となった。 雛の血清中および肝臓中のAX濃度は、いずれのAX添加濃度においても孵化直後に高い値を示し、飼料へのAX添加濃度が高いほど多くなった。 また、血清中および肝臓中のAX濃度は、いずれのAX添加濃度においても孵化後7日目までに急激に減少し、 減少速度はAX添加濃度が高いほど速いことが明らかとなった。 孵化直後の雛は病気や環境変化に注意が必要で、この時期における体内カロテノイド量の重要性が指摘されており、 産卵鶏へのAX添加飼料給与による雛へのAXの移行は非常に有益であると考えられた。

 第二に、AXとNAを同時に産卵鶏に給与し、AXが卵黄中PUFAの蓄積および組成に及ぼす影響を調べた。 AX添加とNA添加の間に交互作用が認められ、両者を同時給与することにより卵黄中のPUFA、 特にn-3系PUFA含量が有意に増加することが明らかとなった。 また産卵率など生産性に対する悪影響は認められなかった。 飼料へのAXとNAの同時添加は、ハウユニットと卵黄色調に対して単独添加より有効であることが示された。 以上より、AXとNAを同時に産卵鶏に給与することにより、n-3系PUFAが豊富な機能性卵を効率的に生産できる技術の開発に繋がるものと考えられた。

 第三に、AX添加飼料を産卵鶏に給与して得られた有精卵を高温下で貯卵し、AXが孵化に及ぼす影響について調べた。 その結果、高温による孵化率の低下はAX給与により改善されることが示された。 特に、AXは孵卵7日目までの胚成長初期において有効であることが明らかとなった。 AXが高温貯卵による孵化率の低下を改善したという報告はなく、本研究の成果が初めてであり、今後の効率的な孵化技術に繋がる可能性が示唆された。

全体を通して、AXとNAを産卵鶏に同時に給与することにより、卵の生産性に悪影響を及ぼすことなくPUFA特にn-3系PUFAを豊富に含み、 好ましい卵黄色調や高い卵質を有する卵を生産できることが明らかとなった。 また、産卵鶏へAXを給与することにより有精卵と雛へAXを移行し、高温貯卵による孵化率の低下を改善できることが明らかとなった。 本研究から得られたこれらの知見は今までにない新しいものであり、 新たな機能性卵の生産技術および効率的な孵卵技術の開発に道筋をつけることができるものと考えられた。