氏 名 ほきい ゆうすけ
保木井 悠介
本籍(国籍) 埼玉県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第514号
学位授与年月日 平成22年9月24日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物生産科学専攻
学位論文題目 線虫 Caenorhabditis elegans 低分子非翻訳 RNA, CeR-2の解析
( Functional Analysis of a C.elegans small non-coding RNA, CeR-2 )
論文の内容の要旨

 cDNA解析によって線虫 Caenorhabditis elegans から単離・同定したCeR-2 RNAは、 長さ126ヌクレオチド(nt)、塩基配列に基づいた特徴から、機能の類推がなされていない非翻訳RNA(non-coding RNA; ncRNA)である。 ノーザン・ハイブリダイゼーションによりCeR-2 RNAの発現を確認したところ、 このRNAは全成長段階で検出され、胚発生期においてはやや発現量が低いが、孵化後は一定の発現量を示すことが分かった。 加えてホールマウント in situ ハイブリダイゼーションにて局在を観察したところ、 ほぼすべての細胞の核小体に局在しているとの結果を得た。 加えて、グリセロール密度勾配遠心法により、細胞内においてタンパク質と相互作用しRNPとして存在していることを確認した。 また、RNAiによるsnoRNA結合タンパク質のノックダウンを行ったところ、 box C/D snoRNP構成因子のひとつであるNOP56の発現量を低下させた場合にその局在に変化が見られ、 CeR-2 RNAが核質に小さな局在を形成している様子が観察された。

 一連の実験から、CeR-2 RNAの細胞内局在がリボソーム生合成の場である核小体に局在すること、 box C/D snoRNP構成因子の一つであるNOP56と何らかの形で関与を持つことが明らかとなった。 2'- O -メチル化をガイドするbox C/D snoRNAは、構造上の特徴であるターミナルステムを持ち、 その内部でキンク-ターンと呼ばれる構造を持つ。 また、D box上流において塩基対を形成し標的を認識する。 CeR-2 RNAはその塩基配列上キンク-ターン構造はとりにくく、また、CeR-2 RNAにはD boxと判断できる配列があるが、 その上流において塩基対を形成するような標的RNAは見いだせない。 したがって、修飾ガイド型のC/D snoRNAに分類される可能性は低いと推測される。

 ところで、分類上box C/D snoRNAには、rRNA前駆体の切断に関与するsnoRNAもいくつか含まれている。 これらは必ずしも修飾ガイド型box C/D snoRNAのような構造をとるとは限らない。 以上のことから、CeR-2 RNAはリボソーム生合成、特にrRNA前駆体のプロセシングに関与するとの仮説を立てた。 本仮説を立証し、さらにCeR-2 RNAの発現量が低下した場合に個体にどのような影響を及ぼすのかを明らかにするため、 遺伝子欠損株 cer-2a(n5007) を用いて実験を行った。

 まず、個体レベルの表現型を観察したところ cer-2a 株は野生株に比べて胚発生後の成長がやや遅い、という結果を得た。 また、受精が正常に起こっていないためか、野生型に比較して未受精卵を多く産み落としていく様子が観察された。 成虫になってから約一日目の段階において cer-2a 欠損株と野生株との間で、 子宮内に蓄積する卵の未受精卵の割合を比較したところ、cer-2a 欠損株においてその割合が上昇していた。 加えて、栄養枯渇条件下に置き耐性幼虫にした後、再び栄養条件が良い環境に戻してその個体が子宮内に保持している卵の状態を観察すると、 未受精卵の割合が増加する現象も見出された。 この正常卵と未受精卵の比率は、C.elegans が老化するに従い cer-2a 欠損株の方が著しく上昇していた。 一方、野生株雄と cer-2a 欠損株雌雄同体を交雑させることで、 cer-2a(n5007) 株が産み落とす未受精卵の割合は低下することが分かり、 受精の異常は精子側に何らかの原因があることが突き止められた。

 続いて、N2(野生株)と cer-2a 欠損株それぞれからtotal RNAを精製し、 ノーザン・ハイブリダイゼーションにてrRNA前駆体の様子を比較すると、 変異株において5.8S、ITS2、および26S rRNAを含むrRNA前駆体の蓄積がみられ、 また、ショ糖密度勾配遠心による解析により、リボソーム30Sサブユニットの細胞内存在量の増加と、 60Sサブユニット量の低下が見られた。 このことから、CeR-2 RNAは60Sサブユニットの生合成に関わることが示唆された。

 cer-2a 欠損株にて見られた表現型は、孵化後個体のサイズが著しく増大し、 生殖系列も大きく発達する際にCeR-2 RNAの細胞内存在量が制限となり、 リボソームの需要と供給のバランスが崩れるために生じるのではないかと推測している。 飢餓状態の経験により表現型が強くなることについても、同様の現象ではないかと推測する。 飢餓環境から栄養条件が良い環境に移されることで、それまで押さえられていたrRNA前駆体の転写量が増加する方向に調節される。 その結果、rRNA前駆体上においてCeR-2 RNAが切断に関与するステップがボトルネックとなり表現型の増強の原因となることが考えられる。 また成熟した精子にはCeR-2 RNAが存在していない可能性が高く、形態変化前の細胞増殖が活発な時期にrRNA前駆体の蓄積、 60Sサブユニット量の低下が起こり、細胞の機能に障害を与えていると考えることも出来る。

 CeR-2 RNA発現量低下により見られたrRNA前駆体の蓄積、リボソーム60Sサブユニット量の低下、 また、CeR-2 RNAの塩基配列および予測二次構造から、CeR-2 RNAは脊椎動物におけるU8 snoRNAに相当するRNAではないかと推測している。 U8 snoRNAの存在は、実験的には脊椎動物において確認されている。 酵母はU8 snoRNAを持たず、ITS2内での高次構造形成によって切断位置をヌクレアーゼに認識させているとのモデルが提唱されている。 CeR-2 RNAがU8 snoRNAに相当するRNAであるとすれば、無脊椎動物において、実験的に確認された最初の例である。 また、その発現量の低下によって、受精という特定の生命現象において特に大きな影響を見せている点は非常に興味深い。