氏 名 さとう こうた
佐藤 孝太
本籍(国籍) 宮城県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第512号
学位授与年月日 平成22年9月24日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物生産科学専攻
学位論文題目 RPE65ノックアウトマウスにおける錐体オプシンの翻訳後修飾異常
( Abnormal post-translation of cone opsins in Rpe65 geneknockout mice )
論文の内容の要旨

 視覚形成の第一段階は外環境からの光受容である。 網膜により受容された光刺激は視細胞により電気刺激に変換され、視神経により脳の視覚中枢へ伝わることで視覚が形成される。 視細胞内には視物質と呼ばれる光受容体が存在する。 視物質はタンパク質部分であるオプシンとレチノイドである発色団(11-cis-retinal)が結合したものである。 視物質は視細胞外節と呼ばれる構造内に密に限局しており、これは光刺激を効率よく電気刺激へ変換するためであると考えられている。 オプシンは視細胞内で合成されるが、11-cis-retinalは視細胞に隣接する 網膜色素上皮細胞(Retinal Pigment Epithelium: RPE)から視細胞へ供給される。 11-cis-retinalの合成には網膜色素上皮細胞に特異的に発現する異性化酵素であるRPE65が必須であり、 そのためヒトRPE65遺伝子異常の患者は光受容能の低下から視覚障害を生じる。 RPE65遺伝子異常のマウスでも視覚障害および視細胞変性を生じるが11-cis- retinalの投与により改善がみられることから、 本疾患の原因は11-cis-retinalの枯渇であると考えられている。 しかし、11-cis-retinalの枯渇に伴う視細胞変性のメカニズムに関しては不明な点が多い。 11-cis-retinalはオプシンタンパク質のリガンドであることから、 11-cis-retinalの枯渇はオプシンタンパク質に何らかの影響を与えていることが推測される。 そのため、11-cis-retinal欠損モデル動物として知られているRpe65-/-マウスを用い、 11-cis-retinalの枯渇がオプシンタンパク質に与える影響について検討した。 マウスの場合は桿体細胞と錐体細胞という二種類の視細胞が存在する。 ヒトおよびマウスのRPE65遺伝子異常において、桿体細胞に比べ錐体細胞の障害が顕著であることから、 特に錐体細胞が発現する錐体オプシン(S-opsinおよびM-opsin)に着目して実験をおこなった。

 実験には3, 5および7週齢のRpe65-/-マウスを用いた。 網膜-RPE-脈絡膜をサンプルとし、オプシンのmRNA発現量およびタンパク質発現量を調べた。 また、眼球の凍結切片を作製し、免疫組織化学によりオプシンの局在を調べた。 加えて、オプシンタンパク質の異常と視細胞変性の関連を調べるため、 TUNEL法によるアポトーシス細胞検出および電子顕微鏡による視細胞の微細構造観察をおこなった。

 Rpe65-/-マウスのS-opsinは糖タンパク質成熟時においてN型糖鎖切断が不完全であるために分子量が大きく、 局在も異常でありさらに分解を受けていることが明らかとなった。 Rpe65-/-マウスのM-opsinタンパク質は不安定なためにプロテアソームを介した経路で分解されており、 野生型に比べ極端に発現量が減少していた。 Rpe65-/-マウスにおけるM-opsinタンパク質の減少は、11-cis-retinalのアナログである9-cis-retinalの投与により抑制された。 電子顕微鏡により視細胞の微細構造を観察した結果、 Rpe65-/-マウスの視細胞外節は崩壊しているものの視細胞内節や視細胞核に特筆すべき異常は認められず、 TUNEL法の結果からもアポトーシス細胞はほとんど検出されなかった。

 これらの結果は、11-cis-retinalがマウスの錐体オプシンタンパク質の成熟や輸送および安定性に関与しており、 翻訳後の過程において錐体オプシンタンパク質を正常に機能維持させるためにシャペロン分子としての役割を担っていることが明らかとなった。 さらに、Rpe65-/-マウスにおいて視細胞死がほとんど観察されないにもかかわらず視細胞外節構造にのみ顕著な異常を認めたことから、 11-cis-retinal欠損による視細胞変性の初期には錐体オプシンタンパク質の翻訳後修飾異常を原因とした 視細胞外節の崩壊を生じることが示された。 本研究の結果は、視覚機能に必須である錐体オプシンタンパク質が正常な翻訳後修飾を受けるためには11-cis-retinalが 重要な役割を果たしていることを高等動物であるマウスで初めて報告したものであり、 難治性疾患であるRPE65遺伝子異常の視細胞変性機構においてその分子病態の一端を明らかにした。