氏 名 もり しずか
森 静香
本籍(国籍) 山形県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連論 第138号
学位授与年月日 平成21年9月25日 学位授与の要件 学位規則第5条第2項該当 論文博士
研究科及び専攻 連合農学研究科
学位論文題目 水稲における潮風害の予測,被害把握および被害軽減技術の開発に関する研究
( Estimation of reduced rate of yield and new cultural practices for reduction in yield loss of rice by salty wind )
論文の内容の要旨

 潮風害対策の一環として実施されているモニタリング調査によれば, 2004年以降台風通過時の作物への塩分付着は海岸線からかなり離れた内陸部においても確認されている. これは,台風の通過するコースや規模等によっては海岸線を有するすべての都道府県でいつでも発生しうる気象災害といえる. このように、潮風害は全国レベルで甚大な被害を及ぼす緊急性の高い気象災害といえるが、他の気象災害(冷害・高温障害等)と比較すると 被害予測や技術対策に対する研究進度は極めて低い. そこで,本論文では(1)潮風害発生時の台風の特徴,被害発生メカニズムから見た潮風害発生予測項目の提示, (2)電気伝導度計を用いた被害程度の把握・被害把握に基づいた減収率の推定法, (3)潮風害による被害の軽減技術を明らかにすることを目的として以下の検討を行った.

(1)台風の特徴および被害の実態から見た潮風害の発生メカニズム
 台風の特徴からみた潮風害のメカニズムについては,①南西風で風速が強く(15ms-1以上),  風速10ms-1以上の継続時間が長いこと(5時間以上)によって,飛散した海塩粒子が平野の内陸部まで運搬されたこと,  ②降雨が少ないことによって,農作物に付着した塩分が洗い流されなかったこと,  ③水稲の生育時期が潮風害の被害を受けやすい時期であったことが相互に重なりあって潮風害を広範囲にしかも被害程度の拡大につながったと考えられる.  潮風害による精玄米重低下のメカニズムは塩分が穂へ付着して枝梗枯れが発生し (塩分付着量によって白化割合が高くなる),  そのことによって登熟が停滞し,屑米が増加し精玄米重が低下するという一連の流れであることを明らかにした.

 

(2)実際の潮風害の被害評価法および減収率の推定法
  台風に伴う潮風害による水稲の被害程度には,これまで,穂部に付着した塩化ナトリウム量を指標とした報告があり,  2004年の台風15号によって潮風を受けた水稲の穂部に付着した塩分量の測定に,  簡便な方法として土壌溶液中の塩類濃度の測定に用いられているEC計を利用する方法を試みた結果,  ECを利用した簡易診断によって潮風害程度・範囲の把握が可能であることが明らかになった.  潮風害による被害程度別の1穂当たりの推定塩化ナトリウム量と減収率について,  山形県の庄内地域の主力品種である「はえぬき」について示すと,  1穂当たり塩化ナトリウム量が1.51 mg以上の被害程度甚で減収率55~70%,0.91~1.5 mgの被害程度多で減収率24~54%,  0.71~0.90 mgの被害程度中で減収率12~39%,0.51~0.70 mgの被害程度小で減収率13~18%,0.5 mg以下の被害程度微で減収率3~14%に分類され,  ECを用いて簡易に求めた1穂塩分量から減収率を推定することが可能であることを明らかにした.

 

(3)現場における潮風害の発生予測項目と手順
  東北地方(日本海側)における潮風害の一次予測として①台風の進路,②台風が日本海を進む場合は,  日本海の海面水温の情報を台風襲来前に入手する.  そして,台風が海上(日本海)だけを通り海面水温が高く山形近海をゆっくり通過し,  山形県沖通過時の勢力が強く風台風と判断される時には潮風害発生の危険性が高いことを予想する.  次に,二次予測として①台風通過後に収集した情報(風向,風速,波高,降水量)のうち,  南西風の最高風速が15ms-1以上,10ms-1以上の南西風~西風の継続時間が5時間以上,  降水量が少ない場合は潮風害の発生を疑い,②水田ほ場より稲株を採取して,EC計を利用した簡易測定法により穂の塩分量を測定し,  被害の範囲・程度を判断して,③減収率の推定式より現場における減収程度の推定を行うとともに,  ④当該年度の収量確保・品質向上対策,⑤次年度の生産対策(種子・技術対策等)の実施を迅速に行うことを提示した.

 

(4)潮風害による被害の軽減技術
  2004年台風15号に伴う潮風害の発生時に,ケイ酸資材を継続的に施用していた水田で,潮風害による減収を軽減することが確認された.  そこで,水稲のケイ酸吸収特性を土壌・ケイ酸資材の違いから検討した結果,ケイ酸吸収速度は幼形期以降に向上し,  土壌からのケイ酸供給量の小さいほ場においては幼形期以降のケイ酸供給量が不足することが懸念されることを明らかにした.  ケイ酸の吸収速度が高まる幼形期以降のケイ酸吸収を効果的に行う方法として,  ケイ酸溶出量がケイカルよりも高い資材(加工鉱さいりん酸肥料・シリカゲル肥料)について,  ケイ酸施用量をケイカルの全層施用量の1/3に減量して対応した幼形期施用は,  ケイ酸成分当たりの収量および幼形期以降のケイ酸吸収がケイカルの全層施用よりも優ることを明らかにした。  実際に,ケイ酸施用が潮風害の被害軽減技術として有用であることを確認するためには,潮風害を再現する方法の確立が必要であり,  2004年台風15号通過時と同様の糊熟期に海水散布による再現試験を行い,  実害データの1穂塩分量と減収率ならびに整粒歩合との関係はほぼ同様の傾向を示し,  海水散布による潮風害の再現が可能であることを明らかにした.

 

海水散布による潮風害の再現方法(糊熟期における穂部・上位葉部への海水散布)を用いて,  水稲によるケイ酸吸収速度が向上する幼形期前後のケイ酸施用によって収量がケイ酸無施用区の収量に比べて,  2005年16%,2006年18%増収した.  幼形期前後のケイ酸処理の減収軽減効果が得られた要因として次の2点が考えられる.  ケイ酸施用によって塩分付着害による枝梗や籾の損傷部位へのケイ酸の集積を促進する効果があり,  そのことが枝梗枯れや籾の被害度を軽減して,登熟を向上させ減収を軽減していること,  ケイ酸を施用した区では対照区より籾数が増加する傾向があるため,1籾当たりの塩分量が対照区より少なくなり,  1籾ごとに被害が分散されて軽減したものと考えられる.  以上より,ケイ酸による非生物的ストレスである塩分付着害に対する減収の軽減効果が確認され,  生産現場における潮風害に対する被害軽減の有用な技術であることを明らかにした.