氏 名 さとう よしのり
佐藤 嘉則
本籍(国籍) 静岡県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第511号
学位授与年月日 平成22年3月31日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物生産科学専攻
学位論文題目 Yamamarin誘導体による細胞増殖制御機構の解析
( Control mechanism of cell growth arrest by Yamamarin derivatives )
論文の内容の要旨

 Yamamarin(DILRGa)はヤママユ前幼虫体休眠維持の候補物質として単離、同定されたペンタペプチドである。 Yamamarinおよび誘導体は、in vivo で起源昆虫ヤママユの休眠期間延長活性と、別種昆虫カイコで休眠卵誘導活性が、 また組織レベルではYamamarinによりチャイロコメノゴミムシダマシ心拍の抑制活性が認められている。 さらに in vitro ではほ乳類がん細胞で細胞死を伴わず、細胞周期のG0/G1期で増殖を抑制することが明らかにされている。 このような活性を示すYamamarinのリード化合物を基盤としながら、昆虫における休眠誘導機構の解析を目的として、 第1章ではYamamarin誘導体が各種培養細胞の増殖に及ぼす影響を検討し、第2章ではマイクロアレイ解析や細胞周期解析、 そしてミトコンドリア機能解析を通じて、Yamamarin 誘導体による細胞増殖抑制活性のメカニズムについて提案した。

 第1章ではYamamarin誘導体による細胞増殖制御剤としてのリード化合物開発研究の可能性を検討するために、 Yamamarinの活性部位特定のためのアラニン置換体や、酢酸、カプリル酸、パルミチン酸といった脂肪酸を結合させた Yamamarin誘導体によるラット肝がん細胞の増殖抑制活性試験をおこなった。 そして、Yamamarinの起源昆虫であるヤママユからの昆虫培養細胞とゲノム解析が終了しているショウジョウバエ胚子由来の Schneider S2細胞を使用した細胞増殖抑制活性試験をおこなった。 その結果、アラニン置換体を使用し、ラット肝がん細胞(dRLh84)における増殖抑制活性を解析したところ、 活性保持の最小分子配列単位が-RG-NH2であることを明らかにした。 また、パルミチン酸を結合したYamamarin(C16-Yamamarin)や環状構造をとったもの(C16-cyclo-DIPRKa)では ラット肝がん細胞増殖抑制活性が向上することを確認したことから、 より強力な細胞増殖抑制剤の開発や個体レベルでの塗布や散布などによる害虫の休眠誘導の可能性を提案できた。 さらに、ヤママユの卵巣皮膜由来細胞と、ショウジョウバエ胚子由来細胞で、 Yamamarin誘導体のひとつであるC16-Yamamarinによる濃度依存的な増殖抑制活性を確認した。 このようにヤママユのみにとどまらず、ショウジョウバエのように別種昆虫に由来する昆虫細胞、 さらには、ほ乳類のラット肝がん細胞で増殖抑制を確認したことから、 昆虫からほ乳類に至る多くの細胞種でYamamarin誘導体の in vitro での活性を期待することができる。
 以上の結果から、YamamarinおよびC16-Yamamarinによる細胞増殖抑制が、細胞レベルで休眠化様現象を再現している可能性がある。

 第2章ではC16-Yamamarinを使用して細胞レベルでの休眠化様メカニズムの解析を目的として、 ショウジョウバエ胚子由来細胞を用いながら、C16-Yamamarinによるup-regulation およびdown-regulationの網羅的遺伝子解析、 ならびに細胞周期に及ぼす影響、そしてジギトニン処理により細胞膜を透過化処理したミトコンドリア様細胞の呼吸に及ぼす影響を解析した。 その結果、C16-Yamamarinをラット肝がん細胞とショウジョウバエ胚子由来細胞に添加し、 あるいは培養細胞から除去しながら、細胞増殖に与える影響を検討したところ、両細胞ともにC16-Yamamarinと共培養することで、 細胞増殖を抑制し、培養細胞から除去することで再び増殖は進行した。 すなわち、細胞の増殖→抑制→増殖の可逆的な反応を明らかにすることができた。 また、C16-Yamamarin によるショウジョウバエ胚子由来細胞の増殖抑制に関連する down-regulationおよびup-regulation遺伝子について、ショウジョウバエGeneChip Expression Arrayによる解析をおこなった。 その結果、down-regulationされたものは細胞周期、DNA複製、電子伝達系、クレブス回路、mRNAプロセシングに関連する遺伝子群であり、 up-regulationされたものは解糖および糖新生系、ヘッジホッグシグナル、リボソームタンパク質、翻訳因子に関連する遺伝子群であった。 すなわち、C16-Yamamarinによる細胞増殖抑制の遺伝子発現は、個体レベルの休眠化による遺伝子発現を反映していると考えられる。

 C16-Yamamarinによるショウジョウバエ胚子由来細胞の増殖抑制と細胞周期の関連性について、 フローサイトメトリーによって解析したところ、G0/G1期、S期、G2/M期のどのステージでも停止することを明らかにした。 さらに、ショウジョウバエ胚子由来細胞からミトコンドリアまたは細胞膜透過化処理細胞を回収して、 C16-Yamamarinによる酸素消費量活性に及ぼす影響を解析した。 その結果、酸素消費量活性が可逆的に抑制されることを明らかにした。

 これらの一連の結果から、C16-Yamamarinによる細胞レベルでの休眠化様の再現は昆虫とほ乳類による生物種の違いを超えて共通であり、 これがミトコンドリアレベルでの可逆的な呼吸抑制による可能性を提案することができた。 すなわち動物の休眠に伴う呼吸量の低下は、ミトコンドリアレベルにおけるC16-Yamamarinのような 分子実体の存在を示唆するものである。