氏 名 たかはし まさや
高橋 正也
本籍(国籍) 秋田県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第507号
学位授与年月日 平成22年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物環境科学専攻
学位論文題目 農村集落の社会ネットワーク構造に関する研究-社会ネットワーク分析による岩手県内S集落の分析事例-
( A study on the social network structure of a rural village community Case study for S community in Iwate prefecture by social network analysis )
論文の内容の要旨

 日本の農村集落は食料生産や固有の伝統文化等、評価すべき多様な価値を有しているが、 現在、その多くが衰退傾向にあり、維持・活性化が求められている。 農村集落の活性化は、自治会等のフォーマルな組織のみを通した働きかけでは十分に効果が上げられない場合が多く、 集落住民の主体的な活動を促すためには、まず集落内の住民がどのように関係性を持っているのか、 そのネットワーク構造を的確に把握することが重要と考えられる。

 本論文の目的は、岩手県西和賀町内のS集落を対象に、集落の実態を把握するための基礎的なフィールド調査に加えて、 社会ネットワーク分析の手法を用いて集落住民のネットワーク構造等から維持・活性化にとって重要なソーシャル・キャピタルの 実態を明らかにすることである。

 対象としたS集落は、住民の無病息災を願う、「人形おくり」等の伝統行事の開催が維持されているほか、 集落内の廃校利用等も行われており、集落のために活用可能と思われる資源が多数、存在している。 しかし、人口の減少、農業の衰退等から、住民自身も集落に活気がないと感じている、東北地域の典型的な集落の1つとして位置づけられる。

 調査は、集落内住民で調査可能な20才以上の住民すべてを対象にインタビュー形式の悉皆調査を実施した。 集落調査では、一般的な聞き取り調査の手法により、住民の集落内の行事への参加度、集落活性化の必要性等の住民の各種意識指標、 集落内の各種組織の性格や活動実態等について把握した。 また住民の社会ネットワーク構造については社会ネットワーク分析の手法に基づき、 集落住民個々人について集落の内外を問わず、普段からの情報交換をする人物を把握する「情報ネットワーク」と、 何かあれば相談等を持ちかける信頼出来る人物を把握する「信頼ネットワーク」の2つについて把握した。 被調査者数は99名(全調査対象者114名中、約87%)である。

 調査・分析の結果、S集落における集落住民の意識、集落内の組織の実態と住民間ネットワークの関係、 集落内のリーダーのネットワーク構造等に関して、以下の知見が得られた。

①集落住民の意識とネットワーク

 聞き取り調査によって、集落住民の集落の現状や活性化の必要性等についての意識を把握した結果、 性別や年齢層、所属する集落内組織等による意識の差は認められなかった。 しかし、各個人が持つネットワーク別にみると集落内に情報ネットワークを持っている住民が、 集落内にネットワークを持たない住民よりも集落に対する意識が高いことが分かった。 集落外にのみネットワークが多い住民は、回答にバラつきがなく、一貫して集落に対する意識が低いことも分かった。

②集落の組織とネットワーク

 聞き取り調査の結果、集落住民が参加している組織等は37組織、確認された。 その内、とくに集落活性化に寄与する可能性が高いのは、「S地域づくり委員」、「遊生会」、「長男会」、「あざもの会」等であったが、 「S地域づくり委員」等はほとんど機能しておらず形骸化しており、集落の活動に寄与しているのは、 行政との関連はなくインフォーマルな仲間内の組織である「遊生会」(60代前後の男性で構成)、 「長男会」(50代前後の男性で構成)、「あざみの会」(40~50代後半の女性で構成)等であった。

 「遊生会」は集落内に共同の飲食空間である「あずま屋」の建設等を、「長男会」は「盆踊り大会」の運営等を、 「あざみの会」は集落行事の手伝い等をボランティアで行う等、最も活動的であったことから、 これら集落の組織と住民ネットワークとの関係について調べた。 その結果、「遊生会」のメンバー12名は1人当たり6.6本、組織内には2.4本のネットワークを持っていたが、 それより若い世代の「長男会」のメンバー10名は1人当たり4.1本のネットワークを持っているものの、 組織内では0.4本のネットワークを持つに留まった。 活動的な2組織であるが、退職世代を含む「遊生会」と全員が就業している「長男会」では組織内のネットワークに疎密の差がみられ、 とくに集落の定例行事を実質的に担っている「長男会」の組織内のネットワークが疎であることは注目される。

③リーダーの構造とネットワーク

 集落内でリーダーと思われる区長のネットワーク構造を分析した。 その結果、区長は今後の集落を担うリーダーとしての機能は単独では果たしておらず、 区長をリーダーとして機能させる2名の人物が存在していた。 その2名は区長が持ち得ない社会ネットワークをそれぞれ有していた。 社会ネットワーク分析の結果、1人の持つネットワークは集落内の情報共有を促進する機能、 もう1人の持つネットワークは古老との橋渡しをする機能を持っていると推察された。 この2名の社会ネットワークの働きが、区長のリーダーとしての機能に有効に作用していると考えられた。 集落の今後を担うリーダーの構造は、社会ネットワーク上、複数名で成立していると考えられた。

 上記のネットワーク分析から明らかになったリーダーの構造が、 集落活性化のきっかけの1つになるようなイベントでどのような機能を果たしたかを検証するため、 S集落を会場にした「コンサートキャラバン2002」(小澤征爾氏の発案の地方の集落でコンサートを開催する事業)における、 S集落住民の実行委員会の立ち上げから開催に至るまでの経緯の調査結果と照らし合わせた。 その結果、情報共有を促進する機能を持つと考えられた住民が、集落外から情報を持ちこみ、 先にみた区長を取りまく3名でまず話し合われ、その後「遊生会」、「長男会」、「あざみの会」へと 情報が波及されたことが分かった。 以上のことから、社会ネットワーク分析によって把握したリーダーのネットワーク構造は、 集落活性化につながるようなイベントで大きな役割を果たしていたこと確認された。

以上、S集落を事例に、集落の実態を明らかにするインタビュー調査と社会ネットワーク分析による調査を実施した結果、 とくに集落活性化のきっかけになり得るイベント時には集落リーダーのネットワークの存在が大きな役割を果たすこと。 その一方で、集落の伝統的な年中行事に際しては、「長男会」の例のように組織内のネットワークの粗密にかかわらず、 集落内で認知されてきた組織の位置づけが重要な働きを示すこと、等の新たな知見が得られた。