氏 名 さとう あきお
佐藤 亜貴夫
本籍(国籍) 京都府
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第505号
学位授与年月日 平成22年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物環境科学専攻
学位論文題目 砂防域における流体と樹形との相互関係に関する研究
( Understanding correlation between vegetation morphology and fluid-flow behavior in"Sabo zone" )
論文の内容の要旨

 本研究は,治水や利水,防災だけでなく自然環境への配慮が見直されている中, より自然と調和した形で,植物に機能分担させた災害防止対策を構築・管理するための基礎研究として, 砂防域における流体と樹形との相互関係を明らかにすることを目指した. 中でも,河川・渓流域ではヤナギ類を海岸域ではクロマツを対象に, 流体と樹形との相互関係について現地観察を基に,常に流体が影響する環境に適応するための樹形変化を考察した. また,そこで明らかになった流体と樹形変化との関係を活用した,流体環境に対する植物指標について試みた.

 第2章では,流体と樹形(植物)との相互関係に関する研究として工学的アプローチと生態学的アプローチの2通りがあるものの, それぞれの樹木の扱いに特徴があり,植物に機能分担させた災害防止対策を考える上での課題として, 植物が流体に粗度として働く「樹形」がどのように変化するかに着目した個体スケールの研究が無いことを指摘した.

 第3章では,河川・渓流域における流体とヤナギ類との関係について, ヤナギ類を選定した理由と流体とヤナギ類との相互関係について述べた. 砂防域では,ヤナギ類が流体を分布様式拡大の道具として活用していることを明らかにした. またヤナギ類の樹形は,流体の影響が蓄積された結果であり, 影響の度合いにより1本立ち型から株ほふく型に変化していることを示した. その中で,樹形が株ほふく型を示す場合,流体に対する抵抗が増加するため, 流下する土砂の質に影響を与える可能性が示唆された. ヤナギ類を積極的に流水中に導入する試みでは,導入初期段階における被害軽減策がその後の成長に大きく反映し, 導入初期の被害を軽減することにより,その後の被害にも耐性を示すことが確認でき, 数年後には流体との関係からえん堤の袖部のような形態となることが確認できた.

 第4章では,海岸域における流体とクロマツとの関係について,特にクロマツ林帯前縁部における動態について述べた. クロマツ林帯前縁部では,植栽年度,生育地形に関係なく,前縁部が低く内陸に向かい高くなり, その樹冠表層高の推移は直線式で近似され,直線式の傾きは流体の影響度合いによって異なることが示された. 海岸域での流体の影響として,主に冬季風浪などの風が主要因であると考えられたが, 風によって運搬される塩分もクロマツ樹形に影響を及ぼしていることが示唆された. また,クロマツ林帯前縁部だけでなく,その後続の林帯も考慮した場合,樹高表層高は直線よりも曲線での近似があてはまり, 内陸に向かうにつれ上方への成長が収束傾向にあることが示された. これらの樹形変形が海から見て高さ方向に幅を持った面的な樹冠を形成し,それが流体の影響を減じる役目を果たしていることが確認された.

 第5章では,第3章,第4章で明らかにした, 流体と樹形との相互関係を活用し,砂防域での流体環境を植物で指標する植物指標の試みについて述べた. 河川・渓流域は流水・土砂流出を,海岸域では風を対象とし,それぞれ植物(ヤナギ類,クロマツ)の地上形態のみでどこまで指標できるかを考察した. その結果,ヤナギ類では,樹形の変化を①樹高,②主軸の交代,③枝の分枝として定量化することにより, ある程度の流水・土砂流出の影響指標として活用できる可能性が示された. クロマツでは,樹冠表層高に着目することにより風の影響範囲を推定することが可能で, その推定により海岸域の土地利用を考える上での指標として活用できることが示された. この結果を応用し,庄内海岸砂丘地における,防風効果からみた最適な樹林帯配置を示した.

 今後,地球温暖化問題などに端を発する環境意識の高まりや防災意識の高まりから, 環境と防災を両立させた災害防止策の必要性が益々増加すると考えられる. その結果,ハード対策にも環境に配慮した工法が求められると考えられる. 環境に配慮した工法として,植物を直接使用した災害防止策は効果的であるが, どの規模・程度の災害に対して導入が可能であるかについて、また、生き物を取り扱うための管理方法などについて把握する必要がある.

 本研究により,植物に機能分担させた災害防止策の構築,管理を考える上で必要となる,流体による個体スケールでの変化について, 基礎的で一部ではあるが,相互の関係を明らかにした.