氏 名 しばさき きょうへい
柴崎 杏平
本籍(国籍) 山形県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第501号
学位授与年月日 平成22年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 寒冷圏生命システム学専攻
学位論文題目 Auxin response under abiotic stress: Unraveling the molecular and cellular mechanisms
( 非生物的ストレス下でのオーキシン反応:分子細胞学的メカニズムの解明 )
論文の内容の要旨

 植物は発生から成熟に至る様々な成長過程において環境ストレスや植物ホルモンの影響を受けている。 特に植物ホルモンの一種であるオーキシン(IAA)は、大半の植物の成長過程で作用することが知られている。 その植物ホルモンの影響は植物自身の成長制御に限らず、環境ストレスに適応するためにも作用しており、 特にabscisic acid(ABA)が様々な非生物ストレス(abiotic stress)に対する反応に重要な役割を担っていることが明らかにされている。 しかし、植物の様々な成長過程で作用しているオーキシンはABAと同様に非生物ストレスに対して重要な働きをしていることが予想されるが、 それらのストレスに対するオーキシンの役割に関する決定的な知見は得られていない。 そこで本研究は非生物ストレスに対するオーキシンの反応を解明することを目的とした。

 様々な非生物ストレスの中で、温度ストレスは植物の成長を著しく妨げるストレスであることに加えて、 研究室内の設備で簡単に再現できるストレスである。 そこで本研究では非生物ストレスに対するオーキシン反応を解明するために低温と高温を選択し、 低温ストレスを引き起こす温度を4℃に、高温で促進される植物の成長を確認するための温度を29℃とした。 植物はオーキシン反応の変異体が多数報告されていることから Arabidopsis thaliana を用い、特に根に注目して研究を行った。

 最初に低温ストレスとオーキシンの作用機構を解明するために低温処理後の根の重力反応と成長を調べた。 タイムコースの実験より、8時間から12時間の低温処理後の反応が低温未処理と比較して50%程度抑制されることが明らかになった。 同様の実験をオーキシンシグナル伝達異常変異体である axr1tir1 を用いて行った結果、 野生型と同じ反応を示したことから、低温の影響はオーキシンシグナル伝達系よりオーキシン輸送系へ強く影響することが示唆された。 さらにオーキシン反応マーカーであるIAA2-GUSを用いた根でオーキシンの局在を調べる実験、 及び直接オーキシン輸送を調べる実験の結果から、低温ストレスはArabidopsisのbasipetalオーキシン輸送を抑制することが明らかになった。

 このbasipetalオーキシン輸送はPIN2タンパク質により制御されており、 PIN2タンパク質が機能するためには細胞内のPIN2タンパク質自身のtraffickingが必要であることが報告されている。 そこでPIN2-GFP融合タンパク質を発現させた形質転換体を用い、顕微鏡観察を行った。 その結果、低温処理後においてPIN2タンパク質の細胞内traffickingが劇的に抑制されることが分かった。 同様に、重力方向に細胞内局在をtraffickingにより変化(再分配)させることによって、 早期の重力反応を制御しているPIN3タンパク質も低温によって重力方向への再分配が抑制されることも確認した。 さらに、低温によってtraffickingが抑制される現象は低温条件下でアクチン繊維を可視化する実験や 細胞膜の流動性を阻害する薬剤を用いた実験により、細胞骨格や細胞膜の流動性とは独立していることを明らかにすることができた。 以上の結果より、低温ストレス下でのオーキシン反応は、 オーキシン排出キャリアーであるPIN2タンパク質の細胞内traffickingの抑制と関係していることが示された。

 高温条件下でのオーキシン反応を調べるために29℃条件下で成長と重力反応の解析を行った。 その結果、低温処理時の反応とは異なり、29℃条件下では根の成長、重力反応の両方が促進された。 タイムコースの実験から、高温による根の伸長促進効果は高温処理12時間程度の早期に完了し、 長時間高温処理を行ってもさらに伸長が促進されることは無かった。 次にオーキシン輸送異常変異体 aux1eir1を用いて解析した結果、野生型と比較して、 両変異体は高温による伸長促進効果に対し抵抗性を示した。 この結果は高温処理がオーキシン輸送へ影響を与えることを示唆しており、実際にオーキシン輸送を直接測定した結果、 basipetalオーキシン輸送が高温条件下で促進されていた。 さらに高温処理は、PIN2タンパク質の細胞内traffickingが23℃処理よりも増えていることが観察された。 これらの結果は、低温処理時のPIN2の挙動とは正反対であり、PINタンパク質のtraffickingが温度ストレス下での オーキシン反応の決定因子である可能性がある。

 低温での実験結果、及び高温での実験結果を踏まえて、非生物ストレスはオーキシン反応に影響を与えると結論づけた。 温度ストレスはPIN2タンパク質のtraffickingに影響を与え、根の先端でのオーキシン濃度勾配の形成に影響を与えることにより、 Arabidopsis根の伸長や重力反応に影響する。この結果を基に低温、高温条件下におけるオーキシン反応モデルを提唱することができた。