氏 名 おおくぼ あつし
大久保 敦史
本籍(国籍) 群馬県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第500号
学位授与年月日 平成22年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 寒冷圏生命システム学専攻
学位論文題目 植物と根圏微生物の生物間相互作用の分子生態学的研究
( Molecular ecological research on bio-interaction between plants and rhizosphere microbial community )
論文の内容の要旨

(1) 植物と土壌微生物との間には、土壌病原菌による寄生や根粒菌、菌根菌との共生関係など、 密接な相互関係が見られる。 しかし、両者の間の生物的相互作用の成立に関わる分子的・生理的メカニズムについては多くの部分が未解明であり、 特に根圏に棲息している自由生活性微生物と植物との関係については、ほとんど分かっていない。 本研究ではDNAフィンガープリント法を用いた根圏微生物群集構造の解析により、 (1)根圏微生物群集は栽培環境によりどのように変化するか、 (2)植物の種あるいは科間に根圏微生物群集に差異はあるか、 (3)もしあるなら、根圏微生物群集の差異を引き起こす物質的基盤は何か、 (4)根圏微生物群集の違いは土壌病原菌による植物の感染にどのような影響を与えるか、について検討した。

(2) 近年の分子生物学的手法の発達によって、培養を介さない土壌微生物解析法が発達し、 これによって土壌微生物の生態に関して解析できる領域は飛躍的に拡大した。 その中でもDNAフィンガープリントを用いたDGGE、ARISA及びT-RFLPの3法は、微生物群集解析の代表的な方法である。 第2章において,それらの手法による結果の比較を行い、各手法の土壌微生物群集構造解析における有用性について検証した。 その結果、どの手法も植生による土壌微生物群集構造の差を明確に示したが、 DGGE法は各バンドの種の同定が可能であるという利点から、DGGE法が最適であることが示された。 また、得られたフィンガープリントを統計的に解析する手法として、 PCO、NMDS及びANOSIMの3法によって得られた結果を比較したところ、 どの手法も植生による差を示すことが出来たが、分離能力がより高く、 量的環境変数を抽出できるという利点から、PCOが最適であるという結論が得られた。

(3) 温度、CO2濃度及び肥料条件の異なる環境において3種(ナタネ,小麦,ダイズ)の植物を生育し、 それぞれの要因が植物生育及び根圏微生物群集構造に与える影響を調べた。 温度や肥料条件は植物生育に統計的に有意な影響を与えたが、根圏微生物の生物量及び群集構造は、 環境変動及び植物生育よる大きな影響は見られず、植物種に依存して異なる根圏微生物群集構造を形成することが示された。

(4) アブラナ科、イネ科、マメ科、及びキク科の4科に属する計28種の植物を用い、 根圏で引き起こされる真菌類及び細菌類の群集構造の変化を比較した。 その結果、真菌類はアブラナ科で、細菌類はマメ科で特異的であることが分かった。 これらの差は菌根菌及び根粒菌による差ではなく、自由生活性微生物の群集構造が変化することに引き起こされた違いであることも証明された。 また、微生物量も植物の科によって異なるという結果が得られ、 植物と根圏微生物の間には植物分類群特異的な生物間相互作用が存在することが示された。

(5) 植物科間における根圏微生物群集構造の差を引き起こす物質的基盤を明らかにするため、 4科に属する植物の根分泌物質の検定を行った。 本研究によって構築された根分離型生育システムによって、根分泌物質を土壌成分及び栄養塩から独立して回収でるようになった。 HPLCによって根分泌物質の組成を調べた結果、植物によって異なる組成の物質が分泌されていることが示された。 しかし、その回収物を用いて土壌接種試験を行ったが、実際の根圏で見られた微生物群集構造の変化を再現することは出来なかった。

(6) 植物が根圏微生物群集構造を変化させることの農業的意義について、 アブラナ科根こぶ病と前作効果との関係性から検証した。 根こぶ病菌が蔓延した土壌にネギ・コムギを作付けすることによって、 後作のハクサイの根こぶ病被害が減少することが示された。 さらに、ネギ・コムギの作付けによってもたらされた土壌微生物群集構造と根こぶ病被害度に関連性が見られ、 土壌微生物群集が罹病性に影響を与えている可能性が示唆された。

(7) これらの結果から、根圏微生物群集構造は植物分類群によって異なり、 この変化は、連作におる土壌病害の発生と関係することが示唆された。 この結果は、土壌微生物群集構造をコントロールすることによって、 化学肥料や農薬を用いずに、持続的な輪作体系を構築できる可能性を示唆している。 今後さらに次世代シークエンサーなどの新しい実験手法を利用して根圏に棲息する 微生物群集が病害防除や土壌の栄養塩循環など農業生態系において果たしている役割について解明する必要がある。