氏 名 あぶらい のぶひろ
油井 信弘
本籍(国籍) 栃木県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第496号
学位授与年月日 平成22年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物資源科学専攻
学位論文題目 天然資源由来のプロテインホスファターゼ2Cの活性化物質と阻害物質の生物活性に関する研究
( Study on biological activities of protein phosphatase 2C activators and inhibitors derived from natural resources )
論文の内容の要旨

 真核生物の細胞機能の制御において、タンパク質の翻訳後修飾は重要な調節メカニズムである。 その中でもタンパク質のリン酸化・脱リン酸化は非常に多くの研究がなされており、 プロテインキナーゼやホスファターゼの阻害剤の一部は抗がん剤や免疫抑制剤として実用化されている。 しかし、モノマーでMg2+、Mn2+依存性の特徴を有するプロテインホスファターゼ2C (PP2C)については、 その機能性研究が遅れていることから、特異的な活性化剤や阻害剤が見出されれば、 それらを用いてPP2Cに関する生物における機能性を明らかにすることができ、医薬品などの実用化にも結びつくことが期待される。 そこで本論文では、天然資源由来のPP2C活性化物質及び阻害物質を探索し、 各種プロテインホスファターゼに対する特異性と、ヒト急性前骨髄性白血病細胞HL60に対する機能性発現の解析を行うことを目的とした。

 第1章では、マウスPP2Cαを酵素、α-カゼインを基質とし、 遊離リン酸量をマラカイトグリーン法で定量するPP2Cの in vitro の反応系により、 700種の植物天然資源の抽出物の中のサワラ(ヒノキ科ヒノキ属 Chamaecyparis pisifera )の球果から、 ジテルペノイドでアビエタン型骨格を有し、分子内に7員環構造を有するPisiferdiol(1)と、 6員環構造を有するPisiferic acid(2)をPP2Cを活性化させる物質として見出した。 1と2は、100μMで1.3倍と同程度のPP2Cα活性化作用を示したが、各種プロテインホスファターゼ活性に対し、 2はPP2Bに対してもIC50 = 118.3 μMで阻害したことから、 1のPP2Cへの特異性は、分子内の7員環構造によることが示唆された。 また、既にPP2C活性化物質として報告されているOleic acidも同程度の活性化作用を有するが、 PP1やPP2Bに対しそれぞれIC50 = 46.4と140.0 μMで阻害した。 次に、各活性化物質の活性化形式を調べると、1と2は、Lineweaver-Burk plotにより混合型の、 Oleic acidは非拮抗型の活性化形式を示したことから、同じ活性化物質でも異なるメカニズムでPP2Cαを活性化させることが示唆された。 PP2Cαに対し活性化作用を示す1と2 は、HL60細胞に対してもアポトーシス誘導による細胞毒性を示し、 1は、2 及びOleic acidよりもそれぞれ2倍、7倍強い細胞毒性と、2倍、4倍強いカスパーゼ-3/7依存的なアポトーシス誘導活性を示した。 さらに、1のHL60細胞に対する作用では、アポトーシス誘導活性とカスパーゼの活性化が、 PP2Cαが基質とするBadのSer112の脱リン酸化活性との相関が認められた。 以上のことから、1は in vitro でPP2Cを特異的に活性化し、in vivo のHL60細胞に対しても、 2やOleic acidよりも特異的にPP2Cαを活性化させる結果、Badの脱リン酸化を引き起こすことでアポトーシスを誘導すると考えられる(第1章)。

 第2章では、化学療法基盤情報支援斑より恵与された標準阻害剤キットの285種の化合物を用いてPP2C阻害物質の探索を行い、 植物アルカロイドであるSanguinarine(3)に4 μMで69%のPP2C阻害活性を見出した。 In vitro における各種プロテインホスファターゼ活性において、3は選択的にPP2Cαを阻害し(IC50 = 2.50 μM)、 α-カゼインを基質に拮抗阻害を示した(K i = 0.68 μM)。 一方、類縁物質のChelerythrineとBerberineは、IC50 = 11.02と>200 μMであった。 このように特異的にPP2C阻害活性を示す3は、HL60細胞に対しPP2Cαの阻害活性と同程度で、 カスパーゼ依存的なアポトーシス誘導による細胞毒性を示した。 さらに、ウェスタンブロットにより、処理後2、3時間後に一過的で、濃度依存的なp38の脱リン酸化の抑制が観察され、 p38阻害剤SB203580により3によるアポトーシス誘導が部分的に抑制された。 ストレス応答に関わるp38の脱リン酸化が抑制されると、p38が活性化されてアポトーシスが誘導されることから、 3はPP2Cαを特異的に阻害する結果、p38の脱リン酸化とその活性化を引き起こし、それがアポトーシス誘導の一部に関わると考えられた。(第2章)

 本研究では、in vitro 及び細胞において、PP2C活性化物質として1と2を、 PP2C阻害物質として3を見出したが、PP2Cαは、アポトーシス誘導以外にもCa2+シグナル伝達に関わるCaMKⅡや、 2型糖尿病に関わるGSやAMPKなど多くの細胞内基質が報告されている。 今後は、Ca2+シグナル伝達や2型糖尿病に対する1や3の作用を詳細に解析することで、 将来的にPP2C機能解明のための重要なバイオプローブになり、医薬品の母核になることが期待される。