氏 名 みずたに まさのり
水谷 征法
本籍(国籍) 愛知県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第495号
学位授与年月日 平成22年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物資源科学専攻
学位論文題目 イネ胚乳シンシチウム特異的に発現するCDKインヒビターとF-box遺伝子の同定
( Identification of the CDK inhibitor and F-box protein gene of the syncytium-specific expression in rice endosperm )
論文の内容の要旨

 イネの胚乳は種子の主な構成部分であり、デンプンを多量に含んでいる。 これは人類の食料、家畜の飼料、工業製品やバイオエタノールの原料としても利用される。 よって、イネ胚乳の貯蔵組織としての機能向上は長年にわたる育種研究の重要なテーマであり続けている。

 受精直後から、イネ胚乳核は活発に複製と分配を繰り返すが、細胞質分裂がおこらないためシンシチウム(多核体)が形成される。 この時、胚乳核の増殖とともに胚乳サイズの増大がおこる。 受精後3日になると、シンシチウムを形成している胚乳核の間に一斉に細胞壁が形成され、胚乳は多数の単核の細胞の集合体となる。 この現象は細胞化 (cellularization) と呼ばれている。 細胞化がおこった直後の胚乳では、種子中央部に存在する巨大な液胞を取り囲むように周りに一層の単核胚乳細胞が膜状に 配置する。 その後、それぞれの胚乳細胞はこの巨大な液胞領域を埋め尽くすまで、通常の細胞分裂を繰り返す。

 種子の最終的なサイズは胚乳細胞の数に大きな影響を受ける。 受精後の胚乳核の増殖速度は細胞化の時期まで一定であるので、シンシチウムを形成している時期が長ければそれだけ胚乳、種子サイズが増大する。 よって、シンシチウム形成と細胞化を人為的に操作できれば、種子サイズを増大させた作物を作り出すことも可能であると考えられる。 しかしながら、イネ胚乳のシンシチウム形成と細胞化に関わる分子機構はこれまでわかっていなかった。

 本研究では、イネ胚乳のシンシチウム形成と細胞化が細胞周期制御に関わる遺伝子によって制御されると考えた。 特に、シンシチウムでの胚乳核増殖を止めることが細胞化の引き金となるので、 細胞周期を停止させる遺伝子が重要な役割を果たしている可能性が考えられた。 そこで、動物細胞で解明が進んでいるが植物における機能があまりわかっていない遺伝子で細胞周期進行のブレーキを果たすCKIに注目して解析を進めた。

 イネゲノムデータベース上にCKI様遺伝子として、7種類の遺伝子(Orysa;KRP1~Orysa;KRP7)が存在する。 これらの中からまず、RT-PCR法により種子で発現するものがあるかどうかを調べたところ、興味深いことに、 Orysa;KRP3が種子特異的に発現することがわかった。 そこで、開花後の種子形成過程におけるOrysa;KRP3 の発現変動について調べたところ、 驚くべきことにOrysa;KRP3 は開花後3日目において特に強く発現していることが判明した。

 開花後の種子形成過程を組織切片を用いて観察したところ、 開花後2日にはシンシチウムを形成している胚乳核が観察されたが、 開花後3日になると、細胞化がおこっていることがわかった。 Orysa;KRP3の発現は開花後2日に極端に高いが、 開花後3日には急激にその発現が下がるので、 Oryza;KRP3が胚乳において何らかの機能を有している可能性が考えられた。 そこで、開花後2日の組織切片に対してOrysa;KRP3の発現部位を in situ ハイブリダイゼーションを用いて解析したところ、 Orysa;KRP3の 転写産物はシンシチウムを形成している胚乳核付近に蓄積していることがわかった。 一方、開花後3日の細胞化が始まった胚乳と、開花後4日の細胞化が終了した胚乳では、Oryza;KRP3の発現は消失していた。 これらの結果から、Orysa;KRP3はイネ胚乳のシンシチウム形成後期に発現し、細胞周期を停止させ、これが細胞化を引き起こす可能性が考えられた。

 動物細胞でのCKIの研究から、CKIはmRNAレベルだけではなく、タンパク質レベルでの分解制御によって、 その発現がコントロールされていることが知られている。 CKIはF-boxモチーフを持つタンパク質により認識され、これによりCKIがユビキチン化されプロテアソームにより分解される。 そこで、イネ胚乳においてもCKIの一種であるOrysa;KRP3がF-boxタンパク質によるユビキチン化制御を受けている可能性を考え、 まず、イネのシンシチウムを形成している胚乳で発現するイネF-boxタンパク質遺伝子の同定を試みた。

 マイクロアレイデータベースを利用して、イネ種子で発現するF-box遺伝子を探索し、 種子での発現特異性の高い4種類のF-box遺伝子について解析を行った。 RT-PCR法によってこれらの遺伝子の発現を調べたところ、4種類の遺伝子の種子特異的発現が確認された。 次に、開花後の種子形成過程の時間的変動におけるこれらの遺伝子の発現を調べたところ、 11g38130の発現が開花後2日においてのみ顕著に高いことがわかった。 このような発現変動パターンはOryza;KRP3と酷似していた。 次に、11g38130の発現を in situ ハイブリダイゼーション法を用いて解析したところ、 11g38130はシンシチウムを形成している胚乳で発現し、細胞化後はその発現が消失することがわかった。 これらの結果から、11g38130はOryza;KRP3と同様にシンシチウム形成、細胞化に関わる何らかの機能を有している可能性が考えられた。

 本研究により、これまで謎であったシンシチウムを形成しているイネ胚乳で特異的に発現する遺伝子を2種世界に先駆けて同定することができた。 しかもこれらは受精直後のシンシチウムでの発現は低く、細胞化直前での発現がきわめ高い特徴を持っていた。 シロイヌナズナではインプリンティングに関わる遺伝子が受精直後のシンシチウムを形成している胚乳で発現していることが知られているが、 本研究で得られた遺伝子の発現パターンはそれらとは異なっている。 また、これらの遺伝子はともに、細胞周期を制御すると思われる機能をもつことから、Orysa;KRP3と11g3813はシンシチウムから細胞化への 細胞周期進行様式の変更に関わる機能を有している可能性が考えられた。