氏 名 ねこづか しゅういち
猫塚 修一
本籍(国籍) 岩手県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第485号
学位授与年月日 平成22年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物生産科学専攻
学位論文題目 リンドウ褐斑病の病原菌,発生生態および防除法に関する研究
( Studies on the pathogen, the ecology and control of brown leaf spot on gentian caused by Mycochaetophora gentianae Tak. Kobay., Kasuyama et Nasu )
論文の内容の要旨

 リンドウ褐斑病の病原菌,発生生態および防除法に関する一連の研究を行った.

1.病原菌の分類学的所属

(1)エゾリンドウ(G. triflora )から分離した褐斑病菌を,小林ら(2009)がササリンドウ(G. scabra )から 分離した不完全菌 Mycochaetophora gentianae のタイプ菌株と培養的,病原学的,形態的および遺伝学的に比較検討し, M. gentianae と同定した. 本菌の形態的特徴は,分生子を多数伴った箒状の胞子体を形成することである.

(2)本病菌が属する Mycochaetophora 属は,分類学的な位置付けが不明確であったことから, 不完全菌を分類する上で重要な形質である分生子形成様式について検討した. M. gentianae の分生子は,短い分生子柄に統合された分生子形成細胞から出芽状に形成された. 分生子の離脱様式は裁断型であり,分生子痕は厚くなく目立たなかった.

(3)分子系統解析を実施し,不完全菌 M. gentianae はビョウタケ目に位置することを明らかにした. さらに,本菌と分生子形成様式や形態的特徴が類似している Pseudocercosporella 様不完全糸状菌類と系統学的に 近縁であることを明らかにするとともに,Mycochaetophora 属は独立した属であり上記の菌群のシノニム(異名)ではないことを示した.

2.病原菌の伝染環と岩手県における発生生態

リンドウ褐斑病に関する一連の研究結果から,リンドウ圃場内において分生子による生活環を有していることを明らかにした. 以下に,岩手県における本病の発生生態と伝染環の特徴を記す.

(1)生活環
 梅雨期の6月下旬~7月下旬に,罹病残さ上に形成された分生子によって第一次伝染が起こる. 8月上旬になると葉上に病斑が出現し,この病斑上に形成された胞子体から分生子が雨滴とともに分散し第二次伝染が起こる. 病原菌は罹病葉内で越冬し,翌年の第一次伝染源となることで生活環が成立する.

(2)第一次伝染源
 病原菌は罹病葉の組織内で越冬し,翌年にこの罹病残さ上に胞子体が作られる. 罹病残さは,温度15℃付近で数日間の濡れを経ることで,胞子体を旺盛に形成する.

(3)感染と発病
 分生子による感染は,葉面濡れ時間が制限要因となる. 24時間の葉面の濡れでは感染できず,他の植物病原菌と比較しても著しく長時間の葉面の濡れを必要とする. 温度は15~25℃の範囲で感染可能であり,温度が高くなると感染に必要な葉面濡れ時間は短くなる. 分生子は葉面で発芽後,付着器を形成する.付着器の形成は,温度が高く葉面濡れ時間が長くなるほど多くなる. 感染と付着器の形成には密接な関連性が認められる.付着器から表皮下に侵入して感染が成立すると推定されるが,未検証である.
感染から発病までの潜伏期間は,感染成立後の温度条件により異なる.25℃条件下では潜伏期間は約14日間であり,温度が低くなると長くなる傾向である.

(4)第二次伝染源
 胞子体は,葉上に出現した病斑上に形成される.葉上病斑における胞子体の形成は,病患部が褐変腐敗を伴うことではじめて行われる. 相対湿度(RH)99%以上を必要とし,葉面の濡れ時間が長いほど分生子数は増加する. 胞子体の形成適温は,リンドウの生育ステージによって異なり,夏期は20℃付近,秋期は15℃付近である. 胞子体から分生子が雨滴に分散し,これが飛沫して伝染する.

3.品種と発病の関係

(1)G. triflora 分離株は,G. triflora の10品種に病徴を示したが, G. scabra の2品種および両種の種間交雑種「アルビレオ」に対しては病徴を示さなかった.

(2)種間交雑種「アルビレオ」の交配親の感受性を検討し,G. triflora (磐梯系)は罹病性, G. scabra (九州系)は抵抗性であった. さらに,「アルビレオ」と交配組合せを異にする系統も抵抗性であったことから,G. scabra の抵抗性が優性遺伝することが明らかになった.

4.防除法

(1)圃場における薬剤防除試験の結果から,既報の塩基性硫酸銅,TPN,クレソキシムメチルの防除効果を 確認するとともに,新たにチウラムを防除薬剤として選抜した.

(2)TPN水和剤の散布時期と防除効果の関係を2001年~2003年の3ヶ年検討した. その結果,6月下旬~7月下旬のいずれかに散布することで防除効果が認められた. このうち,2002年と2003年は,7月上旬とその前後に散布した場合に高い防除効果が認められ, この時期は感染量が多い時期と一致した. しかし,この前後を無防除とした場合や防除効果の劣る薬剤を組み入れた場合は, 6月下旬~7月下旬までクレソキシムメチル水和剤またはTPN水和剤を連続散布した場合に比べて,10月の発生量が多くなった. 以上から,岩手県における防除適期を6月下旬~7月下旬とした.