氏 名 かばしま かつや
椛嶋 克哉
本籍(国籍) 茨城県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第482号
学位授与年月日 平成22年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物生産科学専攻
学位論文題目 ハムスターの卵母細胞ならびに初期胚におけるミトコンドリア-細胞骨格機能系の制御機構に関する研究
( Study on the mitochondria-cytoskeleton system in hamster oocytes and early embryos )
論文の内容の要旨

 哺乳動物の卵母細胞の成熟,受精,ならびに初期胚発生の過程では,細胞質内のミトコンドリアの分布が変化する。 このミトコンドリアの分布変化は細胞質内のエネルギーの産生と利用を反映しているものと考えられ, 哺乳動物卵の正常な発生に重要であると考えられる。 しかし,その制御機構については充分に明らかにされていない。 そこで,本研究では,ハムスター卵におけるミトコンドリアの配置に関わるミトコンドリア-細胞骨格機能系の 制御機構を明らかにすることを目的とした。 この中で,減数分裂(卵母細胞;第2章)と体細胞分裂(初期胚;第3章)の分裂様式や細胞周期の違いに着目し,詳細な解析を行なった。 さらに,マイクロフィラメントや微小管に比べ研究が進んでいない中間径フィラメントについてもあわせて検討を行なった(第4章,第5章)。 本研究で得られた結果は以下の通りである。

1)ハムスター卵母細胞のミトコンドリア分布におけるマイクロフィラメントと微小管の機能的役割(第2章)

 減数分裂期の卵母細胞におけるミトコンドリア分布とそれに関わるマイクロフィラメントと微小管の機能的役割を調べた結果, 第一減数分裂前期の未成熟な卵母細胞におけるミトコンドリア分布には, マイクロフィラメントと微小管とは別の細胞骨格の関与が示唆された。 一方,第一減数分裂前期から第二減数分裂中期への卵母細胞の成熟過程におけるミトコンドリアの動態は, マイクロフィラメントによって制御されていることを明らかにした。

2)ハムスター初期胚のミトコンドリア分布におけるマイクロフィラメントと微小管の機能的役割(第3章)

 体細胞分裂期の間期の初期胚割球では,微小管はミトコンドリアを核周囲に留めるアンカーとして, マイクロフィラメントはミトコンドリアを細胞質表層に牽引するアンカーとして機能していることを明らかにした。 一方,分裂期の初期胚割球では,ミトコンドリアの分布はマイクロフィラメント単独によって制御されていることを明らかにした。

3)ハムスター卵母細胞におけるケラチンの分布(第4章)

 第2章では,未成熟な卵母細胞におけるミトコンドリアの分布にマイクロフィラメントと微小管以外の細胞骨格の関与が示唆された。 そこで,第3の細胞骨格である中間径フィラメントのうちケラチンの分布について検討した。 その結果,未成熟な卵母細胞では集塊状の非繊維性ケラチンが細胞質の表層域に分布していたが, 成熟後の卵母細胞では繊維性のケラチンが細胞質全域に分配された。 また,maturation/M-phase promoting factor(MPF)とmitogen-activated protein kinase kinase(MAPKキナーゼ)の細胞周期制御因子が ケラチン繊維の構築に関与していることを明らかにした。

4)ハムスター初期胚におけるケラチンの分布(第5章)

 未成熟な卵母細胞におけるミトコンドリアの分布変化とケラチンの分布パターンが一致していないことから, ケラチンがミトコンドリアの配置に関与する可能性は低いものと思われた。 しかし,卵母細胞におけるケラチンの興味深い分布が明らかとなったことから,初期胚発生過程におけるケラチンの分布についても検討した。 その結果,とくにケラチンは胚細胞緊密化(コンパクション)が開始する8細胞期に割球の接着面に集中し始め, コンパクション時には割球接着面に高密度に分布することを明らかにした。

 哺乳動物の卵母細胞や初期胚におけるミトコンドリア分布に関わる細胞骨格の種類については, 微小管が関与するという報告とマイクロフィラメントが関与するという報告があり,これまで統一した見解が得られていなかった。 本研究の結果,ハムスターの卵母細胞ならびに初期胚におけるミトコンドリアの分布は, 単一の細胞骨格ではなく複数の種類の細胞骨格が協調して制御していることが明らかとなった。 さらに,減数分裂や体細胞分裂における細胞周期の変化によって,ミトコンドリア分布に関わる細胞骨格の種類が切り替わる メカニズムが存在することも明らかにした。 また,ミトコンドリアの分布との関連性は低いものと思われたが, ハムスターの卵母細胞や初期胚に上皮系細胞特異的な中間径フィラメントであるケラチンが存在することを明らかにした。 ケラチンは,排卵や卵管内移動のための卵母細胞への物理的強度の付与や, 初期胚発生過程におけるコンパクションに機能的役割を果たすものと推察された。