氏 名 こだま ゆみこ
兒玉 裕美子
本籍(国籍) 岩手県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第474号
学位授与年月日 平成21年9月25日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物資源科学専攻
学位論文題目 石油汚染環境に生息する微生物の生理、生態および系統分類に関する研究
( Physiology,ecology and phylogeny of microorganisms in petroleum-contaminated environments. )
論文の内容の要旨

 本研究では、無酸素環境(嫌気環境)である地下石油備蓄タンクに滞留した地下水と 有酸素環境(好気環境)である石油汚染海水について、生息する微生物群集の構造を解析し、群集の主要構成メンバーを分離して、 生理機能を解析するとともに、石油分解細菌分離株を用いた石油汚染海水の浄化試験を試みた。

 石油による環境汚染は生態系に深刻な被害を与えるとともに、 難分解性成分である多環芳香族化合物には発ガン性や環境ホルモン様機能の物質が含まれていることから、ヒトへの健康被害も重大である。 環境に流出した石油は様々な微生物の働きで分解されるが、油田や石油貯蔵施設などからの地下環境への流出では、 地下環境には無酸素環境が拡がっているため、石油成分の分解が遅く、 とりわけ多環芳香族化合物などの難分解性成分が長期間残存してしまい、地下水脈を通して広範囲な地域に深刻な水質汚染をもたらす。

 一方、国際的な石油の需給動向の悪化に備えて、現在わが国では石油の備蓄が進められている。 石油の備蓄には、陸上や洋上での備蓄の他に、地下備蓄がある。 地下備蓄では、岩盤内に掘った空洞を貯蔵タンクにして原油を入れ、地下水圧を利用して封じ込める。 地下備蓄タンクの底には地下水由来の水の層(湧水)が形成されるが、 そこには原油成分を分解する微生物を含む嫌気性微生物で構成される微生物群集が発達する。 湧水では石油汚染嫌気環境に特有の物質変換過程が進行していると考えられ、湧水中の微生物群集についての解析は、 石油の安定貯蔵といった視点に加えて、石油汚染嫌気環境の効果的な微生物浄化技術を探るうえでも重要である。

 地下備蓄タンク湧水について行った16S rRNA遺伝子配列(16S rDNA)を基にした各種分子的解析では、 備蓄タンクの違いや季節の違いに関わらず、一貫して硫黄酸化硝酸還元細菌である Thiomicrospira denitrificans に 近縁に関係づけられるクラスター1配列が最も優勢に検出され、加えて硫酸還元細菌や脱窒細菌関連の配列が優勢に検出された。 これらの結果と湧水で観察された物理化学的特性や電子受容体還元活性とを併せて検討した結果、 湧水中ではクラスター1配列によって代表される硫黄酸化硝酸還元細菌と硫酸還元細菌の働きによる硫黄循環系が進行していると推察された。 また湧水からは酢酸利用性や水素資化性のメタン生成古細菌に関係づけられる16S rDNAが豊富に回収され、 メタンを最終産物とする嫌気的有機物分解過程が進行していると結論された。

 以上の結果を踏まえ、本研究では湧水細菌群集の主要構成メンバーの分離を試み、 16S rDNAの塩基配列がクラスター1配列に対応する新種の硫黄酸化硝酸還元細菌とともに硫酸還元細菌を分離した。 このことは、湧水中での硫黄酸化細菌による硝酸還元と共役した還元型硫黄の硫酸塩への酸化と硫酸還元細菌による硫酸塩の 硫化水素への還元とで構成される硫黄循環系の成立を強く支持した。 なお、硫黄酸化硝酸還元細菌については新属・新種 Sulfuricurvum kujiense として記載し専門誌で公表した。 また、併せて分離した硫黄および硝酸還元性の多環芳香族炭化水素分解細菌を新種 Sulfurospirillum cavolei として記載し専門誌で公表した。

 さらに本研究では、原油汚染海水には、既知のアルカン分解細菌である Alcanivorax 属の細菌とともに、 難培養性の未知の石油分解細菌がかなり高い密度で生息していることを見出し、 16S rDNAの塩基配列の比較で新規系統に位置づけられる3菌株の石油分解細菌を分離した。 3菌株ともナフタレンやフェナントレンなどの多環芳香族炭化水素を分解した。 3菌株の内で最も分解能が高かった1菌株を用いて行った原油汚染海水のバイオオーギュメンテーション実験では、 分離菌株の接種が多環芳香族炭化水素と直鎖型アルカンの分解を促進することが確認され、 バイオレメディエーション技術では弱点とされてきた多環芳香族炭化水素分解除去の効率化に向けた技術的可能性を示した。 3分離株の内の1菌株を新種 Thalassospira tepidiphila として記載し専門誌で公表した。

 以上本研究では、淡水性の嫌気的石油汚染環境を代表する地下石油備蓄タンク湧水では細菌群集の主要構成メンバーである 硝酸還元硫黄酸化細菌と硫酸還元細菌の働きによる硫黄循環系が成立しており、原油中の有機硫黄化合物から硫黄を酸化除去することで、 結果として石油炭化水素から硫黄を除去している可能性を明らかにするとともに、 硝酸還元硫黄酸化細菌分離株について新属・新種として記載し公表した。 また、湧水と海水からそれぞれ多環芳香族炭化水素分解細菌を分離し、 海水分離株については原油汚染海水のバイオオーギュメンテーション処理への利用の可能性を確認するとともに、 分離菌株の内の2菌株をそれぞれ新種として記載し公表した。