氏 名 わたなべ よしあき
渡邊 好昭
本籍(国籍) 東京都
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連論 第136号
学位授与年月日 平成21年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第2項該当 論文博士
研究科及び専攻 連合農学研究科
学位論文題目 オオムギの耐雪性機構,特に褐色雪腐病に対する抵抗性機構の解明
( Mechanisms of snow tolerance and resistance to Pythium snow rot in winter barley )
論文の内容の要旨

 積雪地帯における麦類生産の制限要因の1つである雪害について, オオムギの抵抗性に影響する要因と抵抗性機構を明らかにすることを目的に研究を行った.

 雪害に及ぼす播種期の影響を転換畑圃場において検討した. 根雪前69日播種までは減収に結びつく雪害は認められず,根雪前66日播種以降, 播種日の遅れに従って越冬茎率が低下して雪害を被り, 雪害が発生し始めた根雪前66日播種から根雪前51日播種の根雪前地上部乾物重と越冬茎率の間には有意な正の相関があった. 次に,雪腐病菌に対する抵抗性の葉齢による変化を褐色雪腐病( Pythium paddicum,P.iwayamai )と 雪腐褐色小粒菌核病( Typhura incarnata )について人工接種法を用いて検討した. 雪腐病3菌の被害程度は播種期が早いほど減少し,葉齢の増加に伴って抵抗性が増加した. さらに,葉齢の違いによる耐雪性の差異を,褐色雪腐病抵抗性と積雪下の低温暗黒湿潤条件に対する抵抗性とに分けて検討した. 3葉期の個体は1,2葉期の個体よりも褐色雪腐病抵抗性,低温暗黒湿潤条件に対する抵抗性とも高く, 褐色雪腐病抵抗性を葉身における侵入抵抗性と拡大抵抗性に分けて検討すると, 両抵抗性とも葉齢の進んだ個体の上位葉の抵抗性が下位葉に比べ高かった.

 雪害に及ぼす低温順化の影響を褐色雪腐病拡大抵抗性に絞って検討した. 無処理に比べ低温順化処理(2℃,12時間日長) 7日間で抵抗性が有意に増加し,14日間でさらに抵抗性が増加したが, 28日間ではそれ以上の抵抗性の増加は認められなかった. 7日間の低温順化処理で抵抗性が増加するには,全7日間で明条件 (12時間日長) が必要であったが, 光の強さ,波長の影響は認められなかった.

 褐色雪腐病拡大抵抗性に及ぼす植物ホルモンの影響を検討した. アブシジン酸 (ABA),サリチル酸 (SA)の葉面散布により抵抗性を高める効果が認められた. ABA及びSAの散布直前にフェニルアラニンアンモニアリアーゼ (PAL) の阻害剤を散布すると抵抗性増加の効果は認められなくなったことから, 抵抗性増加とPALとの関係が示唆された.

 褐色雪腐病拡大抵抗性の機構を解明するために,低温順化処理による抵抗性の増加と体内成分の変化について検討した. PAL活性は菌の接種後に増加し,接種前に低温順化処理をした区が無処理区に比べて高くなった. PALの阻害剤を葉面に散布すると,低温順化処理による抵抗性増加の効果が認められなくなった. また,全フェノール含量,リグニン含量,メタノール可溶性及び水溶性糖含量は低温順化処理により増加した. 次に,葉位及び葉の位置による褐色雪腐病拡大抵抗性の変化と体内成分の関係について検討した. 5葉期の個体においては,展開直後の第5葉では基部で拡大抵抗性が高く先端では低くなったが, 第3葉では葉の位置による抵抗性の差異はなく,第5葉に比較して抵抗性が低かった. PAL活性は第5葉で第3葉よりも高く,第5葉の基部で高い傾向があり,メタノール可溶性糖は第5葉の基部で高く先端では低かった. また,第3葉と比較すると基部のみで差があり,第5葉が高かったことから,PAL活性の増加が拡大抵抗性と関係があり, メタノール可溶性糖も拡大抵抗性への関与が示唆された.

 メタノール可溶性糖が雪腐病抵抗性に関与する可能性が示唆されたことから, 褐色雪腐病拡大抵抗性と糖の関係について検討した. メタノール可溶性糖含量と抵抗性の間には高い相関関係があり, 葉身中の糖を増加させるためにショ糖を葉の切り口から浸透させると抵抗性が増加した. しかし,低温順化処理前にタンパク質合成阻害剤を処理した後に低温順化処理をすると葉身中の 糖含量は増加するが抵抗性は増加しなかったことから抵抗性の増加はメタノール可溶性糖の増加だけでは説明できなかった.

 以上の結果から,オオムギの耐雪性,とくに褐色雪腐病拡大抵抗性には葉齢,葉位が関わっており, 抵抗性は葉齢の進んだ個体の上位葉で高かった. また,低温順化により抵抗性が増加し,この増加には7日間の低温順化処理が必要であり,光の強さ,波長には影響されなかった. 一方,植物ホルモンの中ではABA,SA処理により抵抗性が増加した.抵抗性にはPALが関係していた. 低温順化はPAL活性の増加とPALと関連する全フェノール,リグニン含量の増加を起こし, PAL阻害剤散布により低温順化処理の抵抗性増加効果がなくなった. さらに,ABA,SA散布による抵抗性増加,葉齢,葉の位置による抵抗性の差異にもPALが関与していると考えられた.