氏 名 わたなべ つよし
渡辺 剛志
本籍(国籍) 北海道
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連論 第135号
学位授与年月日 平成21年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第2項該当 論文博士
研究科及び専攻 連合農学研究科
学位論文題目 Rhizopus 属糸状菌のスクロース加水分解酵素に関する研究
( Studies on sucrose-hydrolyzing enzymes from the genus Rhizopus )
論文の内容の要旨

 テンサイはサトウキビとともに砂糖の主要な原料であり、 北海道の畑作農業における基幹的な輪作作物として重要な位置を占めている。 しかし、砂糖を取り巻くわが国の現状は厳しいことから、その付加価値を上げるために生産する物質として乳酸に注目した。 発酵乳酸の生産および精製コストを考えると、乳酸菌よりも糸状菌のほうが適しているが、 乳酸を活発に生産する Rhizopus oryzae はスクロースを十分に分解しないとされていた。 一方、 R. oryzae に近縁な Amylomyces rouxii は生育および乳酸の生成効率が R. oryzae よりも劣るが、グルコースとスクロースで同様に生育可能という報告がある。 そこで、 R. oryzae によるスクロースから効率的かつ安定的な乳酸の生産を目的として、 R. oryzaeA. rouxii のスクロース加水分解酵素を精製し、その性質を調べた。

1. Rhizopus oryzae 菌株によるスクロースからの乳酸の生成およびスクロース加水分解酵素の諸性質

 R. oryzae 26株を10%スクロースを糖源として培養し、乳酸生成に優れた菌株としてNBRC 4785を選抜した。 この菌株を各種の糖源で培養すると、グルコース、スクロース、マルトース、可溶性デンプンからは高濃度で ほぼ同水準の乳酸が生成していたが、フルクトオリゴ糖ではその1/3程度であり、 ラフィノースおよびイヌリンにおいては検出限界以下であった。 スクロースからの乳酸生成量は、培養開始後2~8日目にかけてpHの低下とともに増加して80 mg/mlに達し、それ以降は微増であった。 スクロース加水分解活性は、6日目まで上昇したが、8日目には検出限界以下にまで低下した。 培養ろ液中には、酵素活性の低下により未分解のスクロースがわずかに残存していた。

 NBRC 4785の培養ろ液から、スクロース加水分解酵素を限外ろ過、CM-ToyopearlおよびButyl-Toyopearlの 両クロマトグラフィーによって3.5倍に精製した。 精製酵素はSDS-PAGEで一本のバンドを示して分子量は59,000と推定され、エンドグリコシダーゼHによって分子量は47,000まで低下した。 本酵素は比較的不安定でpH 4.0から5.5までの間では高い活性が保持されていたが、これ以下では大幅に低下した。 培養8日目以降のスクロース加水分解活性の急激な減少は、培地のpH低下により酵素が失活したものと考えられた。 本酵素はスクロース以外に、マルトースおよび可溶性デンプンに作用して単糖を生成した。 一方で、ラフィノース、イヌリン、レバンには作用せず、フルクトオリゴ糖を部分的に低分子化していた。 本酵素のN末端アミノ酸配列を分析したところSKPATFPTであり、 R. oryzae NRRL 395に含まれる2種類の グルコアミラーゼ遺伝子 amyA および amyB のうちの後者がコードするタンパク質AmyBpの N末端アミノ酸配列と同じであった。 R. oryzae NBRC 4785のゲノムDNAからこれらの遺伝子を増幅して調べたところ、N末端アミノ酸配列が一致したのはAmyBpであった。

2. Rhizopus oryzae に近縁な Amylomyces rouxii 菌株のスクロース加水分解酵素の諸性質

 A. rouxii 8株を10%スクロースを糖源として培養し、乳酸生成に優れた菌株としてCBS 438.76を選抜した。 この菌株を各種の糖源で培養すると、グルコース、スクロース、フルクトオリゴ糖、 可溶性デンプンからは高濃度でほぼ同水準の乳酸が生成していたが、ラフィノースではその半分であり、 イヌリンでは微量、マルトースにおいては検出限界以下であった。 スクロースからの乳酸生成量およびスクロース加水分解酵素活性は培養日数に伴って上昇し、pHは低下した。 培養ろ液中のスクロースは完全に分解されていた。

 CBS 438.76の培養ろ液から、スクロース加水分解酵素を限外ろ過、DEAE-Toyopearl、 Butyl-ToyopearlおよびToyopearl HW55の各クロマトグラフィーによって7.5倍に精製した。 精製酵素はSDS-PAGEで一本のバンドを示して分子量は69,000と推定され、エンドグリコシダーゼHによって分子量は60,000まで低下した。 本酵素は40℃の処理でも活性は低下せず、 R. oryzae NBRC 4785の酵素よりも広いpHの範囲の処理でも高い活性が保持されていた。 本酵素はスクロース以外に、ラフィノース、フルクトオリゴ糖、イヌリンおよびレバンに作用して単糖を生成した。 一方で、マルトースおよび可溶性デンプンには作用しなかった。また、イヌリンに対する親和性はスクロースよりも低かった。

 以上のように、R. oryzae のスクロース加水分解酵素はグルコアミラーゼ、 A. rouxii の酵素はインベルターゼであり、前者の低pHまたは高温下で失活しやすい性質が R. oryzae によるスクロースから乳酸の生産が不安定になる原因と推察された。 これらの結果から、R. oryzae でスクロースから効率的かつ安定的な乳酸の生産のためには、 培養条件を厳密に調整してスクロースの分解に関与するグルコアミラーゼの失活を防ぐ必要があると結論づけた。