氏 名 ふじもり まさひろ
藤森 正宏
本籍(国籍) 長野県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連論 第134号
学位授与年月日 平成21年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第2項該当 論文博士
研究科及び専攻 連合農学研究科
学位論文題目 醸造酢の品質評価に関する研究
-脂溶性成分を指標とする分析法の開発-
( Studies on qualitative evaluation of vinegar
-Developing the analytical methods based on lipophilic compounds- )
論文の内容の要旨

 本論文は,醸造酢の表示の正確さを確認する新たな手法の開発と最近の醸造酢の品質特性についてまとめたものである.

 著者が取り上げた表示に関わる第一の課題は,「醸造酢と合成酢の表示の検証性」についてである. 食酢の表示(食酢品質表示基準)はJAS法で定められ,「醸造酢」と「合成酢」をそれぞれ定義した上で, 両者を正しく表示するよう詳細に規定している. しかし,特に,合成酢中の醸造酢の混合率については,行政及び関係機関による工場への立入り調査のほかは, 炭素安定同位体法を基本とする推定法でしか検証する手段がなく,有効な簡易測定法がないことから, 現実には形骸化しているのではないかと言う問題を抱えている.

 第二の課題は,食品添加物の表示に関わる問題である. 食品安全に対する各種の規制は,国際規格を基礎とする方向へと義務づけられ,その結果規制緩和が進み, 幅広くモニタリングする必要性が高まっている. 適切な表示の検証手段の開発は,消費者に安全・安心の確保を約束し, 事業者に対しては違法表示をけん制し真正品の品質を維持すること. 更には,今後益々増加するであろう輸入食品の安全性をはじめとする品質の管理や監視の強化を図るという観点からも, 極めて重要で必要性の高い課題である.

 最初の課題を解決するために,まず,醸造酢の品質を把握する上で最も基本となる各種醸造酢の成分値について, 最近の醸造酢を幅広く分析し,その特性を明確にした. そして,ここで得た成分値を基に,醸造酢相互及び醸造酢類似食品(合成酢含む)の識別を行うため, 主成分分析を適用した結果について論じた.

 その結果,最近の醸造酢は1979年のJAS導入前と比べ,極端な成分値の変動はなく,醸造酢全体として, 食品添加物を極力使用せず,醸造酢本来の品質にすると言う好ましい方向に進んでいた. また,主成分分析による醸造酢相互及び醸造酢類似食品の識別は,多くの場合,明確な識別は困難で, 特に,合成酢,偽装表示の米酢,食酢ではない黒酢飲料の識別は出来なかった.

 そこで,新たな品質評価の指標を探索するため,これまで誰も顧ることのなかった醸造酢中の脂肪酸に着目し研究を進展させた.

 まず醸造酢中の微量脂肪酸を高精度に分析する方法として, 脂肪酸をρ-ニトロフェナシル誘導体として逆相HPLCで分析する条件を見出し,各種醸造酢中の脂肪酸の全容を初めて明らにした. 醸造酢中の脂肪酸は,炭素数16~22までの9種類が確認され,構成脂肪酸のパターンは大きく4つに分類出来た.

 脂肪酸分析の結果からは,原料や製法に関わる多様な有益な情報が得られる. そこで,食酢醸造過程における脂肪酸の変化を,脂肪酸の構造異性体分析が可能なキャピラリGCで究明し,以下3つの重要な知見を得た.
 ①アルコール発酵酵母によって多価不飽和脂肪酸が優先的に資化され, 総脂肪酸量が減少するが,酢酸発酵による総脂肪酸量の増減は軽微であったことから,酢酸菌は脂肪酸をほとんど利用しない.
 ②脂肪酸組成レベルで見ると,原料はそれぞれ固有の脂肪酸組成を有するが, 醸造酢になるといずれも16:0,18:1,18:0が主体となり,原料脂肪酸の特徴は酢には反映されない.
 ③醸造酢に特徴的な脂肪酸は18:111で,この含量は酢酸発酵後に最高値となった.18:111の由来は,酢酸菌体膜の一部が醸造酢中に移行した結果と推察した.

 以上,醸造酢固有の脂肪酸特性を指標に,醸造酢と合成酢を判別する新手法を開発した. この原理は,酢酸発酵後に増加した18:111と,通常の農産物には少量しか存在せず, 存在しても発酵によって微量となる18:3との二指標をもって判別するものである.

 この新手法の開発により,これまでは炭素安定同位体法を基本とする高度な分析法に依存し, 実施できる施設は極めて限られていたが,本法はGCを有する一般的な試験施設であれば一定の制限 (①合成酢中の醸造酢の混合率は40%までが限界 ②原料を高濃度で仕込んだ特殊な醸造酢は合成酢と誤判定される場合があり得る  ③微生物汚染が18:111量に影響する可能性が考えられる)はあるものの, 80%の精度で判別ができるようになったことである. また,本法は,炭素安定同位体法に比べ,前処理時間が1/5に短縮され,多検体処理が可能と言う大きなメリットもあった. 本新手法は,炭素安定同位体分析が困難な事業者や公的機関における品質管理・表示監視のモニタリングに適しており, 広く普及されることを期待する.

 もう一つのテーマは,食品添加物の表示に関わる問題である.

 わが国では,食品衛生法で食酢にソルビン酸の使用が禁止されているため, これが検出されると"食品,添加物等の規格基準違反の疑い品"とされる. しかし,輸入ワインビネガー中には,まれにこの保存料が検出されることがあり, 輸入者は合成保存料について幅広く検査する必要性がある. 著者は,保存料8種類(ソルビン酸,デヒドロ酢酸,安息香酸,5種のパラオキシ安息香酸エステル類)を, GCで精度よく迅速に一斉分析する条件を開発した. これにより,前処理時間が衛生試験法で定められた水蒸気蒸留法の1/4, 衛生検査指針で示された直接抽出法と同程度に短縮させることに成功した. 更に,分析精度についても,水蒸気蒸留法に比べてはるかに向上したほか, 直接抽出法に比しても全体的に高い回収率が得られ,本法のメリットが証明された. この方法は,醸造酢以外の液体調味料にも同一条件で分析が可能で,既に当社の分析体系に組み込まれ活用されている.

 ワインビネガー中にソルビン酸が検出される理由は,原料ワイン中のソルビン酸がビネガーに移行したものである. モデル発酵実験の結果から,ワインビネガー中で検出した30μg/g程度のソルビン酸量には, 酢酸菌の二次発酵を阻止する効果はないという,食品衛生法上の重要な知見を得た.

「醸造酢と合成酢の判別法」と「合成保存料8種類の一斉分析法」は, 食酢業界はもちろんのこと食品関連事業者の品質が向上し, 消費者に正確な品質表示の情報をもたらすことにより相互の信頼関係が深まるとともに, 消費者行政を推進する食品の表示監視業務を効果的に実施するためにも貢献し得るものである.