氏 名 いまい かつのり
今井 克則
本籍(国籍) 青森県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連論 第133号
学位授与年月日 平成21年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第2項該当 論文博士
研究科及び専攻 連合農学研究科
学位論文題目 赤毛派生系統にみられる突然変異体の育種学的研究
( Study on molecular characteristics of spontaneous mutants derived from local variety'Akage' )
論文の内容の要旨

 北海道のイネ在来系統'赤毛'は北海道におけるイネ育種に多大な影響を及ぼした. '赤毛'は多数の自然突然変異体を生じる易変異系統でもあり,その自殖後代から新規な表現型を呈する自然突然変異体が選抜された. 貫性変異を示す ectopic palea dwarf (epd) ,小穂のサイズが先端に向かって減少する decreasing hull size (dhs) ,直立葉半矮性を示す degraded auricle and semi-dwarf (das) ならびに 色素異常変異を示す chlorina-Akage (chl-Akage) は全て劣性の変異であった. epd は育成環境により表現度が変わり,夏季栽培では第Ⅰ節間の矮化,不稔性,異所的な穎の形成および二重外穎などの多面発現を示した. 冬季では,貫性を示す小穂が増加した. 連鎖分析の結果, epd は第2染色体 OsMADS6 座近傍に座乗することが判明した. さらに, epd は同遺伝子座内において欠失が見出された. dhs は夏季において1次枝梗の先端に向かって小穂サイズが減少する変異を示したが,冬季にはほぼ正常な穂型を示した. das は正常型に比べ稈長が67 %の矮化を示したものの,穂長は正常型と同程度であった. さらに,葉耳が退化することにより葉身が直立した.色素異常変異体,ならびに大黒変異体 ( d1 ) と 類似の表現型を示す極矮性変異体など多数の変異体が選抜されたことから, '赤毛'は自然環境下で突然変異体を生じる易変異系統であると推定された.

 赤毛から純系分離された無芒の'坊主'と在来品種である'魁'との交雑後代,'走坊主'からは,突然変異により'風連坊主'が生じた. '風連坊主'は収量性関連遺伝子,Ur1 (Undulated rachis 1) を有し, 2次枝梗数と2次枝梗数当りの穎花数の増加により1穂当りの穎花数を増加させる. 3種の戻し交雑系統を用いた,Ur1の推定座乗領域は27.345 Mbから28.166 Mbのおよそ0.821 Mbであった. また,F2ならびにF3劣性個体を用いたマッピングでは,Ur1 はSSR12周辺のおよそ17.4 kbに 座乗していると推定され,これは3種の戻し交雑系統を用いた推定座乗領域内に位置した. データベース検索より,この領域内には機能未知遺伝子を含め6遺伝子が座乗していた. それらに対して,CAPS,RT-PCRならびに塩基配列解析を行ったところ,Ur1 に特有の変異は見出されなかった. ただし,現在のところ解析は継続中である. Ur1 は不完全優性遺伝子であり,表現型での判別が難しい. そこで,Ur1 を効率よく育種に利用するために Ur1 の選抜マーカーの開発を試みた. '風連坊主'を交雑親に用いる場合,SSR17が Ur1 を選抜するための有効な指標になると考えられた. しかし, Ur1 に特有のマーカーは得られず,複数のマーカー (SSR12とSSR17) を用い, ハプロタイプとして選抜を行うことが最も効率的であると考えられた. Ur1 の原因の変異を特定することにより,より効果的なMASが行える可能性がある.

 イネは,インド型・日本型の2生態種に大別でき,これら両生態種は環境的に異なる地域に適応し, 多様な指標形質や標識マーカーが分化している. 生態種間で遺伝的に分化したゲノム領域には生殖隔離あるいは適応性に関与する遺伝子が座乗していると考えられるため, SSRを用いて,連鎖不平衡を利用した遺伝的分化領域の特定を試みた. インド型・日本型系統群識別マーカーであるアイソザイム遺伝子 ( Pgi1,Cat1,Acp1 ) 近傍においては ゲノム領域が遺伝的に分化していることが認められ, これらのハプロタイプブロック内に分化に関わる遺伝子が座乗している可能性があげられる. また,テロメアに近いほど組換え距離に対する物理的距離は小さく,テロメア近傍の領域では組換えが頻繁に起こり, 連鎖不平衡が容易に崩壊しやすいことが示唆された. また,WxS5 遺伝子も系統群分化,生殖隔離あるいは適応性に関わっている可能性が示唆された. インド型・日本型系統群間で分化した領域と野生イネとを比較することにより,栽培化の過程を推測できると考えられる. また,比較集団の変更により,'赤毛'の有する耐冷性遺伝子領域の検出が期待される.

 '赤毛'の変異性には転移因子の関与が示唆されるが,現在イネにおいて活性の報告のある因子との関連は見出されていない. 従って,ゲノム内部の異常な組換えならびにDNA修復機構の変異が高度反復配列間での異所的組換えを誘導して 変異を引き起こしている可能性も考えられる. '赤毛'は変異原を用いることなく通常栽培によって変異体が出現するため,その変異機構が明らかになるならば, 自然変異原としての大規模な突然変異作出系の確保や逆遺伝学的手法による遺伝子機能の解析への応用が容易になると考えられる.