氏 名 ぴょん ちゅんふん
朴 春紅
本籍(国籍) 中国
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第473号
学位授与年月日 平成21年3月31日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 寒冷圏生命システム学専攻
学位論文題目 中国産アカアリ由来の生物活性物質の同定と機能解析
( Identification and function of biologically active agents from Chinese Formica aquilonia )
論文の内容の要旨

 アリ(蟻)は,昆虫綱(Insecta), ハチ目(Hymenoptera), アリ科(Formicidae)に属する, 体長は1-30 mmほどの小型社会性昆虫で,熱帯から冷帯まで,砂漠,草原,森林など陸上のあらゆる地域に分布している身近な昆虫の一つに数えられる. 中国は世界で最初にアリを食用,薬用に活用した国であり,豊富なアリ資源を持っている. アリは小動物型栄養宝庫とも呼ばれ,なかには人体必須の8種類アミノ酸を含む28種類のアミノ酸が含まれているばかりではなく, 微量成分,特に亜鉛とマグネシウムの含有量は通常の食品の10倍以上である. そのほかATP,多種酵素,アルカロイド,ヒスタミンなどの生理活性物質も含まれている. 多くの研究がなされている擬黒多刺アリ Polyrhachis vicina は主に,抗酸化,血液循環と新陳代謝の促進, 免疫システム向上,抗炎症,抗鎮痛,喘息とリウマチ様関節炎の緩和,アンチエイジングなどの薬理効果が報告されている. 一方で,アカアリ Formica aquilonia はヨーロッパとアジア地域に広く分布し森に生息しているヤマアリ属の一種であり, 針葉樹林地と落葉樹林地に主に生存している. 真社会昆虫として集団生活が特に発達しており,森林害虫の制御に重要な役割を果たしている. 中国東北の吉林省にある長白山の F. aquilonia は,伝承的に民間薬として活用されてきたが薬理的な解析はまったくなされてない.

 本研究では,第一章で,民間療法でよく知られている抗がん活性作用および抗リウマチ活性作用に注目しながら, アカアリ F. aquilonia からの逐次抽出物を用いて,6種類の生物検定をおこなうことにより, アカアリにおける薬理効果を明らかにした. 次に第二章で,生理活性の一つである,ウシ副腎細胞のアセチルコリン(ACh)刺激によるカテコールアミン(CA)分泌抑制を指標として, 活性が比較的に高い酢酸エチル沈殿画分を用いて,その生理活性物質の単離と同定を試みた. さらに,アカアリの抽出物によるCA分泌抑制機構についても検討を行い,以下の知見が得られた.

 1. n -ヘキサン,酢酸エチル,70%アセトンおよび水の逐次抽出方法で得られたアカアリの6種類の抽出物を用いて, in vitro でのがん細胞毒性,抗酸化作用,抗炎症作用,プロリルオリゴペプチダーゼ(POP)阻害活性, CA分泌抑制活性およびTNF-α産生抑制活性などの生物検定をおこなった. その結果,70%アセトン抽出物に弱いDPPHラジカル消去による抗酸化活性が認められる以外, いずれの生理活性物質も極性の低い画分に含まれていることが明らかになった. nヘキサン抽出画分と酢酸エチル抽出画分に高いPOP活性が認められ,酢酸エチル画分ではラット肝がん細胞(dRLh84)に対して 強い細胞殺傷性とTNF-α産生抑制活性を示した. また,Cyclooxygenase (COX)阻止による抗炎症アッセイにおいて,n -ヘキサン上清,酢酸エチル上清,酢酸エチル沈殿画分に COX-2抑制活性がみられた. さらに,同画分にはウシ副腎髄質細胞のACh刺激によるCA分泌阻害活性が顕著であった. 以上の結果から,民間治療薬としての薬理学的な解析を in vitro レベルで初めて明らかにした.
 2. ウシの副腎髄質細胞を用いて,ACh刺激によるCA分泌抑制活性を指標とし,赤アリの酢酸エチル沈殿画分を溶媒抽出, 液体フラッシュクロマトグラフィー,分取TLC, 高速液体クロマトグラフィーにより分離分取した後, 1H-NMR, MSスペクトルで解析した結果,活性画分には脂肪酸が含まれていることが明らかになった. しかし,オレイン酸,ステアリン酸,リノール酸,アラキドン酸,パルミンチン酸の5種類の脂肪酸については, 同様の生物活性が認められないことから,活性本体は超微量成分である可能性がある.
 3. 酢酸エチル抽出物の単離画分であるM2画分は,高カリウムによるCa2+の チャネル活性化およびVeratridineによるNa+チャネル活性化においてCA分泌を抑制しなかった. また,M2画分はAChによるCA分泌を非競合的に抑制した. これらのことは, M2画分がNa+チャネルとCa2+のチャネルに関与せず, ニコチン性ACh受容体―イオンチャネルを特異的に阻害することで,CA分泌を抑制することを示唆した. ニコチン性アセチル受容体は交感神経節,副交感神経節に分布されていることから, アカアリ抽出物は中枢神経系の調節を通じて薬理効果を発揮できると考えられる。

 本研究では,未利用生物薬理資源である赤アリについて,特にリウマチの治療効果に十分な薬理学的根拠を示すと同時に, アカアリの抗認知,抗ストレスにおける新しい機能性を提案した. これらの結果は,アカアリの健康食品への開発と医薬品候補物質の開発のための基盤になる知見と考えられる.