氏 名 ツウイ シャン イウエン
崔 相元
本籍(国籍) 中国
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第468号
学位授与年月日 平成21年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物環境科学専攻
学位論文題目 野蚕繭からの新規生理活性物質の同定と機能解析
( Identification and function of biologically active compounds from the cocoon of the wild silkmoths )
論文の内容の要旨

 野生絹糸昆虫の繭層は,カイコと同様高分子タンパク質であるセリシンとフィブロインから 構成されている一方、外敵や苛酷な自然環境に対応する独自の生体防御システムを発達してきたと考えられる。 具体的には、多数の野蚕はカイコに比べ繭を著しく堅固に作られている上、セリシンが少ない。 また、幼虫期に食餌植物から選択的に無機成分などを取り込んで繭に癒着するなどがある。 こういった、野蚕ならではの特徴が野蚕繭層から機能性物質の単離が一層困難なものにし、 機能性利用の研究がカイコに比べ遅れている一因でもある。 本研究は、野蚕繭層利用法に関する知見が乏しいことに着目し、野蚕繭層から機能性物質の抽出方法を 確立しながら各種機能解析を行った上で、機能性利用の視点から考察した。

 第一章の研究材料は、日本在来大型絹糸昆虫の天蚕で、繭は古くから繊維製造の原材料として利用されてきた昆虫生産物である。 天蚕の繊維から作り出された衣料品は色鮮やかの上特有の光沢をもち、 高い値段で取引されていることから「繊維のダイヤモンド」とも言われている。 しかし、人口の老齢化に伴い飼育に手間がかかることから繭の生産量は激減している。 そこで本研究では、天蚕繭から新たな機能性を創出することで地域経済の活性化および 地域特産品のブランド化に貢献できるとの考えで研究を展開した結果、 天蚕の繭層からセリシン溶液を抽出する方法を再検討し、 アミノ酸組成分析により親水性アミノ酸が多く占めていること、 電気泳動による解析で41 kDaタンパク質の存在を明らかにした。 また、ゲル濾過クロマトグラフィー用カラムを接続したHPLCシステムで天蚕繭層のセリシンタンパク質を 構成する41 kDaタンパク質を単離精製した。 さらに、41 kDaタンパク質の機能性を解析したところ、ショウジョウバエ胚子由来Schneider S2細胞に 対して41 kDaタンパク質の0.1 %添加区で48 %、マウス脾臓リンパ細胞に対して41 kDaタンパク質の0.1 %添加区で16 %の増殖活性が確認された。 一方、ラット肝がん細胞に対しては抑制と増殖の効果が認められなかった。 同じくカイコ由来セリシンを用いた解析では、上記3種類の細胞に対し増殖活性が認められなかったことから、 41 kDaタンパク質は天蚕のセリシンを構成する特異的なタンパクであり、野蚕における細胞増殖機能としては初めての知見である。

 以上の結果、天蚕繭層由来41 kDaタンパク質はカイコセリシンタンパク質では認めらない新規の 生理活性として細胞増殖効果を発揮することができだが、ラット肝がん細胞に対しては増殖活性を示さないとの機能特性も含めて、 今後は41 kDaタンパク質の生物薬剤的解析が重要となる。

 第二章の研究材料は、東南アジアで広範囲に生息している野生絹糸昆虫のウスタビガである。 ウスタビガは長期の営繭生活による生活環を有し、地域では古くからウスタビガ繭を民間療法の治療素材として使用した事例もある。 そこで、本研究ではウスタビガフィブロインパウダーから独自の簡易抽出法を開発することで、 フィブロインパウダー水抽出物から活性画分を単離し、リンゴ炭そ病菌に対する生物検定を行った。 その結果、118 μg/ml(IC50=36.8 μg/ml)の濃度で完全に胞子発芽が停止すると共に、 菌糸の伸長はほとんど観察されないほど強い抗カビ活性が認められた。 また、緑膿菌と哺乳類のラット肝がん細胞に対しても弱いながら抗細菌と抗がん活性が確認された。 この活性物質の構造をPIXE元素分析法、LC/MS分析法、1H-NMR分析法を用いて検討したところ、 分子量224の含硫化合物であることが示唆された。

 以上の結果,ウスタビガ繭のフィブロインパウダーからこれまで報告されてない新しい活性画分の抽出に成功し、 ウスタビガには生体防御手段の一環として選択的に食餌植物から硫黄化合物を繭に取り込む機構の存在を提案するもので、 昆虫生理学上重要な知見を得ることができた.