氏 名 うじいえ ひろみ
氏家 博美
本籍(国籍) 東京都
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第465号
学位授与年月日 平成21年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物資源科学専攻
学位論文題目 枯草菌における trans -translation反応の生理的意義の解析
-CcpA依存的なTrePのタグ付加と分解機構-
( Physiological roles of trans-translation mediated by tmRNA in Bacilllus subtilis
-CcpA-dependent tagging and degradation of TreP- )
論文の内容の要旨

 tmRNAはその沈降定数から10Sa RNAと呼ばれ長く機能不明の低分子RNAであったが、 trans -translation反応と呼ばれる特殊な翻訳機構を行っていることが明らかにされた。 trans -translation反応は、細菌において翻訳の滞ったリボソームに働き、 不完全なタンパクにタグペプチドを翻訳付加し分解へ導くシステムであり、 翻訳反応の効率化と細胞内タンパク質やmRNAの品質管理に働く。 tmRNAはおそらく全ての真正細菌中で存在しており、その構造はよく保存されていることから、 その起源は真正細菌の共通の祖先まで逆のぼることができ、trans -translation反応が細菌にとって重要なものであることが示唆される。 しかし、淋病菌(Neisseria gonorrhoeae)ではtmRNAが増殖に必須である一方、 大腸菌・枯草菌をはじめとするほとんどの細菌においてtmRNAの欠損は増殖に致死的ではない。 このため、trans -translation反応の細胞内での存在意義は未だ明らかになっておらず、 分子メカニズムの解明と並行してこの反応の生理的意義の解明が世界的に広く研究されている。 近年 trans -translation反応が翻訳効率化と細胞内タンパク質の品質管理という一般的機能だけでなく、 特定の生命現象に関与していることが明らかになりつつある。

 枯草菌( Bacillus subtilis )のtmRNAのタグコード領域をHis-tag配列と細胞内で分解されない 配列に置換した遺伝子変異体His6DD株を用いて trans -translation反応産物の検出を行った。 その二次元電気泳動像から反応産物が偶発的に翻訳エラーをレスキューしているばかりではなく、 特定のタンパク質を標的とし、特定の位置でタグペプチドを付加していることが示唆され、 その幾つかを同定することに成功した(Fujihara et al., 2002)。 本研究ではその産物のひとつ、TreP (trehalose permiase)タンパク質について解析を行った。 TrePは、枯草菌の細胞内へのトレハロース取り込みに関与している約49kDaの膜タンパク質であり、 コードしている treP 遺伝子は、枯草菌ゲノムにおいてtrehaloseオペロンを構成している。 treP 遺伝子は、このオペロンの最下流にコードされているリプレッサータンパク質TreRによる負の転写調節や、 枯草菌のカタボライトリプレッションにより複雑な転写調節を受け、生体内での発現量が調節されている。

 TreP反応産物を単離・精製しMALDI TOF-MSによる質量分析を行った結果、 翻訳切り替えによりタグペプチドが付加した部位がN末端から101番目(Asn)の位置であることが判明した。 その遺伝子位置から約15塩基下流に枯草菌のカタボライトリプレッションの際にリプレッサータンパク質(CcpA)と結合して RNAポリメラーゼの転写を阻害する cre (catabolite responsive element)配列が存在する。 CcpA欠損株で trans -translation反応産物を検出したところTrePへのタグペプチド付加が解消されたことから、 タグ付加反応はCcpAの cre への結合が引き金になっていることが示された。 さらに野生株(His6DD株)では、CcpA欠損株では検出されなかった約300塩基の treP mRNAの蓄積が見られ、 カタボライトリプレッションにより cre 配列の上流で転写阻害された不完全長mRNAが生じていることが示唆された。 この不完全長 treP mRNAの3'末端を3'RACE法で検出したところ、 mRNAは cre 配列の上流8~9塩基の位置で転写が終結していることが明らかになった。 決定された不完全長 treP mRNAの3'末端の位置はタンパク質では104番目(Gln)に相当する。 質量分析により示されたタグペプチドの翻訳切り替え位置は101番目(Asn)であり、 これらの結果からリボソームAサイトの3'側に treP mRNAが4~5塩基残った状態でアラニルtmRNAがAサイトに入り、 翻訳切り替えを起こしたことが示めされた。

 本研究によりTrePのタグペプチド付加と分解が cre 配列へのCcpA結合に依存して起きていること、 またTreP以外にもCcpA欠損によってタグペプチド付加を完全に解消されるタンパク質が存在することが明らかにされた。 これらの結果は、内部に cre 配列を含むCcpA依存的なカタボライトリプレッションを受ける遺伝子から生じる不完全長のmRNAに対して、 trans- translation反応が広くタグペプチド付加と分解に関与していることを示し、 tmRNAによるtrans- translation反応が、CcpAを介する枯草菌細胞内の遺伝子発現制御系の一端を担っている可能性を示唆するものである。