氏 名 たかた なおき
?田 直樹
本籍(国籍) 鳥取県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第457号
学位授与年月日 平成21年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 寒冷圏生命システム学専攻
学位論文題目 Evolutionary and functional approach to poplar circadian clock system
( モデル樹木・ポプラにおける生物時計システムの進化的・機能的解析 )
論文の内容の要旨

 温帯から亜寒帯に生育する樹木は、生育に不適な厳冬期を生き抜く準備として、 夏から秋にかけて成長期から自発休眠期へと移行する。 これらの樹木は、様々な季節的環境変化(温度、湿度、日長、光の波長、光量など)のうち、 主に日長の短日化を感知することにより自発休眠を誘導する。 このように生物が日長変化から季節を予期する現象は「光周性反応」とよばれ、生物に広く保存された生理現象の一つである。 生物は、日長情報を光受容体で感知した後、種々の情報伝達の過程を経て光周性反応を誘導する。 この伝達の過程で、外的な日長情報は内的な時間測定機構(生物時計機構)により時間情報へと変換される。 これまでの研究から、植物の生物時計機構は様々な光周性反応(光周性花成、胚軸伸長、葉の就眠運動、気孔コンダクタンスなど)を 制御することが明らかになっており、樹木の自発休眠誘導過程においても同様の機構が関与していることが推察される。

 植物の生物時計機構は、モデル植物・シロイヌナズナを用いて詳細に解析されており、 Myb型転写因子( LHY/CCA1 遺伝子)、及び擬似レスポンスレギュレーターファミリー( PRR 遺伝子)から構成される マルチプルフィードバックループモデルが提唱されている。 しかし、樹木の生物時計機構がどのような因子により構成され、 どのように季節的な休眠誘導過程を制御しているかについては、全く明らかになっていない。 そこで、本研究では、樹木の自発休眠誘導機構を明らかにするため、まず、モデル樹木・ポプラの生物時計機構の再構築を試みた。

 シロイヌナズナ(真正双子葉類)でモデル化された植物の生物時計機構(マルチプルフィードバックループ)は、 主に2つの LHY/CCA1 遺伝子と3つの PRR 遺伝子から構成される。 そこで、これら2つの遺伝子群がその他の植物種においても保存されているかどうかを調べるために、 全ゲノム解読が終了した被子植物(単子葉類:イネ、モロコシ;真正双子葉類:ポプラ、パパイヤ、ブドウ)のゲノム情報を用い、BLAST解析を行った。 その結果、植物種間でコピー数の差異は見られたが、両遺伝子群ともすべての植物種で非常に高く保存されていた。 次に、同定した LHY/CCA1 遺伝子、及び PRR 遺伝子の分子進化過程を明らかにするために、分子系統学的解析を行った。 分子系統学的解析では、まず、各遺伝子群について、イントロン・エクソン構造比較や分子系統樹の作成を行い、分子進化過程を再現した。 次に、ゲノム重複に伴う染色体の相同領域を植物種間で比較することにより、 上記で再現した分子進化過程の補正、及び遺伝子重複・遺伝子欠失の同定を行った。 その結果、 LHY/CCA1 遺伝子、及び PRR 遺伝子の分子進化過程を詳細に再現することに成功した。 さらに、両遺伝子群では、全ゲノム重複による遺伝子重複、及び全ゲノム重複後の重複遺伝子の欠失が頻繁に生じていることを見出した。 これらの結果より、シロイヌナズナにおいて提唱されたマルチプルフィードバックループモデルが、 すでに原生の真正双子葉植物において分子制御機構として発達していたと推察された。 また、単子葉類と真正双子葉類の分岐以前に、マルチプルフィードバックループの一部が形成されていた可能性も明らかにした。 一方で、真正双子葉類に属するポプラにおいては、ゲノム重複に伴う遺伝子重複及び特定の遺伝子の欠失が生じており、 マルチプルフィードバックループの制御機構に変化が生じていることが示唆された。

 そこで、ポプラの生物時計機構の制御ネットワークをさらに解明にするため、 ポプラにおける生物時計関連遺伝子群の機能的解析を試みた。 植物の生物時計関連遺伝子群の特徴として、それぞれの遺伝子が特定の位相において発現増大する日周的な発現変動を示すことが知られている。 そこで、ポプラにおいても生物時計関連遺伝子が日周的な発現変動を示すかどうかについて解析を行った。 その結果、多くの遺伝子では、シロイヌナズナのオルソロガスな遺伝子と同様の位相において、発現増大を示すことが明らかになった。 特に、生物時計機構において中心的構成因子である LHY/CCA1 遺伝子は、シロイヌナズナ、 及びポプラの両植物種において特徴的な朝方の発現増大を示した。 同様に、シロイヌナズナ、及びポプラにおいて、多くのPRR遺伝子が特徴的な日周発現変動を示した。

 一方で、興味深いことに、 LHY/CCA1 遺伝子と機能的に対を成す PRR1/TOC1 遺伝子は、 ポプラにおいてのみ日周的な発現変動を示さず、シロイヌナズナの PRR1/TOC1 遺伝子の発現パターンとは大きく異なっていた。 そこで、ポプラ PRR1/TOC1 遺伝子の機能をさらに解析するため、 シロイヌナズナ PRR1/TOC1 遺伝子のT-DNA挿入株を用い、相補性試験を行った。 その結果、ポプラ PRR1/TOC1 遺伝子は、光形態形成に関してはシロイヌナズナ PRR1/TOC1 遺伝子の機能を相補したが、 光周性花成に関しては相補することができなかった。 これらの結果から、ポプラ PRR1/TOC1 遺伝子の日周発現はポプラ生物時計機構において必ずしも必要ではないこと、 さらに、ポプラとシロイヌナズナの PRR1/TOC1 遺伝子はそれぞれの生物時計機構において異なる機能を有することが示唆された。

 以上の結果から、ポプラ生物時計の制御機構は、シロイヌナズナの生物時計機構とは異なっている可能性が示唆された。 特に、シロイヌナズナの生物時計機構における中心的構成因子である PRR1/TOC1 遺伝子は、 ポプラの生物時計においては異なる機能を果たしていると推察される。 本研究成果は、モデル樹木・ポプラの生物時計機構を理解する上で基礎的知見を提供すると共に、 生物時計を介した自発休眠誘導機構の解明へと足掛かりを作ったといえる。 今後は、ポプラの生物時計機構の再構築、及び自発休眠誘導過程での生物時計の役割を解析する必要がある。