氏 名 すがわら たかゆき
菅原 貴征
本籍(国籍) 秋田県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第454号
学位授与年月日 平成21年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物資源科学専攻
学位論文題目 食餌アミノ酸による骨格筋タンパク質の合成と分解の制御に関する研究
( Studies on regulation of skeletal muscle protein synthesis and degradation by dietary amino acids )
論文の内容の要旨

 筋肉の萎縮は活動の低下や疾病の原因となり、生活の質(QOL)を下げる要因となる。 さらに筋肉は体重の40%を占める最大の組織であり、体全体のタンパク質・アミノ酸代謝においても重要な働きを担っていると考えられ、 その量を維持・増加させることはきわめて重要である。 本研究では骨格筋タンパク質の合成と分解の両面の変化から、アミノ酸の摂取の筋萎縮改善効果を検討した。

(1) 骨格筋タンパク質の合成速度の測定法を検討した結果、ラベルアミノ酸の大量投与法では 3-コンパートメントモデル法を利用できないことが示された。 そこで本論文では、大量投与法によりFractional Synthesis Rateを測定して、骨格筋タンパク質の合成速度を評価することにした。

(2) 若齢ラットと成熟ラットに、無タンパク質食にロイシンを1.5%添加した食餌を1週間摂食させ、 骨格筋タンパク質の分解と合成の変化を検討した。 その結果、筋原線維タンパク質の分解速度が減少し、低栄養状態による筋重量の減少が抑えられた。 一方、合成速度が上昇する傾向はみられなかった。 したがってロイシンの摂取による筋萎縮改善効果は、合成に与える影響よりも分解を顕著に制御したことによると示唆され、 筋萎縮の予防・改善において、分解を制御することの重要性を明らかにした。 アレルギーや腎臓病など、食餌タンパク質を多く摂食できない病人でも、ロイシンを多く摂食することにより、 筋肉量の維持が可能であると考えられる。 また、ロイシン添加食の摂食により血中のインスリン、分岐鎖アミノ酸濃度に大きな変化がみられなかったことから、 ロイシンの摂取によりホルモンバランスやアミノ酸バランスを大きく崩すことはなく、 本研究の結果を人間に応用することも可能であると考えられる。

(3) 低タンパク質食(5%カゼイン食)をラットに摂食させ、筋原線維タンパク質の分解速度の変化を検討した結果、 低タンパク質食の摂食によって分解速度が上昇することが示され、無タンパク質食の摂食時と同程度の分解速度となることを示した。 また、無タンパク質食の摂食による分解速度の上昇は、低タンパク質食の摂食では抑制されないことを明らかにした。 さらに、若齢ラットだけでなく成熟ラットにおいても、低タンパク質食の摂食により分解速度が上昇したことから、 筋萎縮の予防のためには、週齢に関わらず一生涯にわたり、食餌タンパク質を十分に取り続けていく必要があると考えられる

(4) ロイシン添加食の摂食による分解抑制のメカニズムを、各種タンパク質分解系の変化から検討した。 その結果、ロイシン添加食の摂取により腓腹筋中のカルパイン、プロテアソーム活性、 およびユビキチンリガーゼ(Atrogin-1, MuRF1)の遺伝子発現が減少する傾向はみられなかった。 一方、オートファジーのマーカータンパク質であるLC3の活性型であるLC3-IIの発現が、ロイシン添加食の摂食により顕著に減少した。 したがって、ロイシンの摂取による分解抑制にはカルパインやユビキチン-プロテアソームよりも、 オートファジーの制御が強く関わっていることが明らかになった。 アミノ酸によるLC3の変化については、肝臓における報告はあるものの、骨格筋における変化は、 本研究により初めて明らかにされたものである。

(5) ラットを低温状態に曝露することにより、褐色脂肪組織において、タンパク質合成を負に制御している4E-BP1が減少することから、 骨格筋組織でも同様の結果が得られることを期待し、低温における骨格筋タンパク質代謝の変化を検討した。 しかし、低温により腓腹筋中の4E-BP1が減少する傾向はみられなかった。 さらに、低温により血中のインスリン濃度は減少し、S6K1と4E-BP1のリン酸化も減少した。 しかし、骨格筋タンパク質の合成速度は上昇する傾向をみせた。 低温における筋肉代謝の変化は、栄養状態の応対とは異なる可能性があると考えられる。

(6) Lipopolysaccharideをラットに投与し敗血症を誘導して、ロイシン添加食を摂食させ分解速度の変化を検討した。 敗血症により分解速度は上昇し、有意な差ではなかったもののロイシンの摂取により分解速度が減少する傾向(P=0.08)がみられた。 ロイシンの継続的な摂取は、低栄養状態だけでなく、疾病時のストレスによる筋萎縮の進行を予防する可能性が示唆された。

 本研究では主に、ロイシンの継続摂取による筋萎縮改善効果を検討した。 その結果、加齢や疾病で起こりやすい低栄養状態時に、ロイシンを摂食することで筋萎縮が予防できることを示した。 さらにその効果は、骨格筋タンパク質合成に与える影響よりも分解を顕著に抑制したことによることを明らかにし、 その分解抑制メカニズムの一つとして、ロイシンの摂取によるオートファジーの阻害が関わっていることを初めて示すことができた。