氏 名 くりた だいすけ
栗田 大輔
本籍(国籍) 静岡県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第452号
学位授与年月日 平成21年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物資源科学専攻
学位論文題目 大腸菌におけるトランス・トランスレーションの分子メカニズムの解明
( Molecular mechanism of trans -translation )
論文の内容の要旨

 近年のめざましい構造生物学の進展によって、生体高分子(特に核酸やタンパク質)や それらの複合体の立体構造が視覚的に理解されるようになってきた。 その中でも特筆すべき成果の1つとして、タンパク質合成の場であるリボソームが挙げられる。 リボソームは、3種類のrRNAと50種類以上のタンパク質からなる分子量250万の巨大複合体であることから 構造解析は困難であると考えられてきたが、2000年を前後して相次いで高分解能の結晶構造が報告された。 最近では、tRNAをはじめ各種翻訳因子とリボソームとの複合体の構造も報告されるようになり、 これら翻訳の"スナップショット"をつなぎあわせることで、次第に翻訳の動的な流れが理解されるようになってきた。

 本研究ではトランス・トランスレーション(トランス翻訳)と呼ばれる変則的な翻訳システムとその主役であるtmRNAに焦点をあてた。 tmRNAはtRNAとmRNAの両方の機能を持つユニークなキメラ分子RNAである。 通常の翻訳は、開始コドンで始まり終止コドンに達すると解離因子(release factor ; RF)が働いて完成されたペプチドはリボソームから解離する。 もし何らかの原因でmRNAが途中で切断された場合、終止コドンがないためRFが働けず翻訳がリボソーム上で凍結してしまう。 このような状態のリボソームにtmRNAはまずtRNAと同様にリボソームの入り口であるAサイトに入り、 できかけのペプチドを受け取る。 次にmRNAから自身のmRNAドメインへと切り替えを行い、できかけのタンパク質にタグペプチドを付加し、 自身の持つ終止コドンによって翻訳を終了させる。 このように二分子のRNAから一分子のポリペプチドを作ることから、この機構はトランス・トランスレーションと呼ばれる。 合成されたキメラペプチドは、タグペプチドを認識するプロテアーゼの作用によって速やかに分解される。 このことからトランス・トランスレーションの生理的意義は、停滞したリボソームをリサイクルさせ翻訳の効率を高めるとともに、 不完全なmRNAによるペプチドに印(タグ)をつけて分解するというタンパク質の品質管理システムであると考えられている。

 本研究ではtmRNA結合タンパク質であるSmpBに注目した。 SmpBはtmRNAがリボソームに結合するために必須の因子である。 SmpBはtmRNA非依存的にリボソームに結合することから、tmRNAがリボソームに結合するための媒介として働いていると考えられるが、 分子レベルの具体的な機能はわかっていない。 本研究ではSmpBが、tmRNAやリボソームとどのように相互作用し、機能しているか明らかにすることを目的として、 まず精製した因子からなる in vitro 翻訳系の構築を行った。 これによってトランス・トランスレーション中間体の活性評価を行うことが可能になった。 次にSmpBの変異体を多数用意し、各段階におけるSmpB残基の役割を明らかにした。 またSmpBとリボソームの相互作用を立体構造レベルで明らかにするために、部位特異的ラジカルフットプリンティングを行った。 その結果は、タンパク質であるSmpBが"tRNA+mRNAを分子擬態している"という全く新しい概念を示唆するものであった。