氏 名 ウイ ミン
魏  敏
本籍(国籍) 中国
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第451号
学位授与年月日 平成21年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物資源科学専攻
学位論文題目 Expression analyses of Bradyrhizobium japonicum in the initial interaction with Glycine max (L.)Merr
( 共生初期段階におけるダイズ根粒菌遺伝子の発現解析 )
論文の内容の要旨

 ダイズ根粒菌( Bradyrhizobium japonicum )は、 宿主ダイズ根に瘤(根粒)を形成して生物窒素固定を行う土壌細菌として知られ、 ダイズ(種子、根)から放出されるシグナル物質genistein(GEN)などのフラボノイド化合物が 根粒菌の遺伝子群(nod遺伝子群)を誘導発現させることによって共生関係が始まる。 従来から、根粒菌変異株の構築とその表現系の観察から、共生過程に関わる遺伝子群とその機能の解析が進められて来たが、 個々の遺伝子についての断片的な情報しか得られなかった。 しかし、2002年に、ダイズ根粒菌の全ゲノムの塩基配列が決定され、遺伝子の機能が推定されたことから、 ダイズ根粒菌の全遺伝子情報を基に作成されたマクロアレイを用いて、 全遺伝子を対象とした遺伝子の発現と抑制プロファイルを得ることが可能になった。 本研究は、共生初期に関わるシグナル交換を根粒菌の側からダイズ根粒菌遺伝子群の網羅的な発現解析により明らかにすることを目的とした。

 まず、 根粒菌の一般的な培養温度(30°C)で、ダイズの種子抽出物(SSE)とGENにより 発現或いは抑制される遺伝子プロファイルを作成し、両者を比較することにより、共生初期過程で稼働する遺伝子情報を網羅的に得た。 SSEで誘導が確認されている nodY 遺伝子の lacZ fusion( nodY::lacZ )で、 nodY の発現量をモニターすることにより、誘導条件を次のように決定した。 即ち、誘導初期の菌液OD600:0.1;SSE濃度:20μl/ml、GEN濃度: 5μM; 誘導時間:0.5, 6, 12時間。 尚、HPLCで、SSEを添加した培地中のGENの濃度を測定した結果、およそ5μMであった。 この誘導条件で、SSE並びにGENでダイズ根粒菌全ゲノムの遺伝子発現プロファイルを作成した。 SSE処理後12時間で、共生アイランドに含まれるクローン全体が強く発現した。 一方、GEN で処理した場合でも、SSE処理の場合と類似の発現プロファイルが得られた。 SSE処理後12時間で、共生アイランド中で発現が見られた大きな遺伝子群が四つ見い出された(Expression Clusters: EC I-IV)。 その中で、EC-IIIとEC-IVの発現レベルが最も高かった。 また、EC-III遺伝子群の発現はEC-IVより遅かった。 一方、GENで処理した場合でもEC-IVの強い発現がみられたが、EC-IIIの発現は弱かった. EC-IVにはnod遺伝子群が含まれ、EC-IIIにはtype III分泌系(TTSS)が含まれていた。 また、EC-IとEC-IIにも各々 nolK/noel/nodM/noeDnodWV などの nod 遺伝子群が含まれていたが、 unknownの遺伝子が多く含まれていた。 一方、共生アイランド以外の遺伝子群、菌体外分泌多糖(EPS)をコードする exo 遺伝子群とribosomal proteins family も SSEによって強く誘導され、flagellaの遺伝子群はGENにより強く誘導された。 また、SSEとGENの両者で強く発現した bll4320 (probable RND efflux membrane fusion protein)など遺伝子(群)も見られた。  発現と抑制が推測された12個の遺伝子を定量的RT-PCRで調べたところ、アレイ解析の結果とほぼ一致していることが分かった。

 次に、北海道の圃場におけるダイズ播種期の低温条件(15°C)で、 SSEとGENに応答するダイズ根粒菌遺伝子の網羅的な発現解析を行い、30°℃で得られた結果と比較した。 nodY の発現量から低温(15°C)における遺伝子の誘導条件を検討した結果、30°Cと比べて、 15°CではSSEとGENに対する nodY の誘導が遅かったことから、誘導時間を12 と20時間に決定した。 12と20時間におけるSSEとGENの共生アイランドの遺伝子発現プロファイルは両者間で非常に類似していて、 30°Cで見られたような巨大な遺伝子発現領域は見られなかった。 共生アイランドの中で、30°Cで発現が見られた大きな遺伝子群(EC I-IV)のうち、 根粒形成に関わる nod 遺伝子群( nolK/noel/nodM/noeD in EC-I, nodWV in EC-II, nodD1YABC operon in EC-IV)は強く発現したが、TTSS ( in EC-III) の発現は見られなかった。 しかし、誘導48時間では、30°C , SSE 12時間で誘導された遺伝子群、TTSSと植物細胞分解酵素(polygalacturonase)などを コードする遺伝子(群)、また、共生アイランド以外にあるACC deaminase, EPS, ribosomal proteins familyの発現が見られた。 一方、bll4320 (probable RND efflux membrane fusion protein)など遺伝子(群)は、30°C、15°Cの両条件で強く発現した。 低温条件では nod 遺伝子群はSSE, GENのどちらの誘導条件でも類似の発現プロファイルを示したが、 SSEで強く発現するTTSSなどの遺伝子群の発現は著しく遅かったことから、 共生初期応答に関連する遺伝子の中には温度の制御を受けるものが存在し、共生の成立に影響を与えている可能性が示唆された。

 以上の結果から、TTSS遺伝子群の発現について、30°Cでは、SSEによる発現量はGENよりも顕著に強かったこと、 及び、15°Cでは、SSE, GENのどちらの誘導条件でも発現が著しく遅れたが、48時間後にはSSEで顕著な発現が見られたことが示された。 また、SSE処理で根粒菌密度が増加したことから、発現が根粒菌の増殖に依存する可能性が示唆された。 これらの結果を踏まえて、TTSS遺伝子群の発現解析を行った。 SSEで30°C,12時間 と15°C, 48時間処理し、定量的RT-PCRで遺伝子の発現量を調べた結果、 tts 遺伝子群の発現とともに、調節遺伝子 nolAnod D2 の強い発現が見られた。 また、30°C, 12時間GEN処理された培養菌液上澄み(Conditioned medium)で、 TTSS遺伝子群の代表遺伝子( ttsI, rhcN,blr1649 )の発現量が高くなった。 NolAとNodD2はダイズ根粒菌quorum sensingシステムに関与することが報告されていることから、 TTSS遺伝子群の発現が NolANodD2 を介してQuorum sensingで正に制御される可能性が考えられた。 更に、nolAnodD2 欠損変異株を用いて、tts の発現を定量的RT-PCRとアレイ解析で調べた結果、 TTSS遺伝子群の発現が、特にNodD2を介してquorum sensingで制御される可能性が示唆された。 これらの結果は、TTSSの発現メカニズムがKrauseらが報告した従来のモデルでは説明できないことを示しており、 新規なTTSS発現調節モデルが提唱された。