氏 名 おおば あつし
大場 淳司
本籍(国籍) 山形県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第445号
学位授与年月日 平成21年3月23日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物生産科学専攻
学位論文題目 宮城県におけるムギ類赤かび病の発生生態とマイコトキシンの低減技術に関する研究
( Studies on ecology and the fate of mycotoxin produced by Fusarium head blight pathogen in wheat plants and its control in Miyagi prefecture )
論文の内容の要旨

 これまで,ムギ類赤かび病に対しては,麦種や品種に関係なく一律の防除体系が指導されてきた. しかし,近年,赤かび粒やデオキシニバレノール(DON)に対する規制が強化されたことから,エンドポイントにDONを加え, 麦種または品種ごとに効率的な防除体系を確立することを目的とした研究を行った. すなわち,発病度,マイコトキシン濃度および赤かび粒率のすべての面から, 各品種が抱えるリスクを評価し,品種ごとに総合的な防除体系を確立した.

 宮城県の過去20年間の赤かび病の発生状況,そして過去7年間の麦作期間の気象状況を調査,解析し, 気象リスクの評価を行ったところ,本県ではオオムギに比べてコムギにおける発生が多く, 要因として,コムギでは気象に対するリスクが高いこと,および本病抵抗性の弱い品種の作付けが考えられた.

 現在規制の対象となっているDONを産生する菌の本県における分布,およびイネからの分離菌についての調査を行うとともに, ムギ-イネ間における菌の伝染性および病原性を調査した. その結果,年次間,あるいは地域間で差が見られたが,ムギ類からはDON産生菌およびNIV産生菌が, イネからはNIV産生菌が主に分離され,両者における分布様相は異なった. イネからの分離菌は,いずれもコムギに感染,発病した. また,ムギ類からの分離菌およびイネからの分離菌では,菌糸の生育適温に差は認められなかった.

 また,ムギ類の栽培現場と県の発生予察定点ほ場における赤かび病の発生実態調査および解析を行った結果, 赤かび病の発生には大きな品種間差が認められたことから,麦種または品種一律の防除体系ではなく, 品種の抱えるリスクを考慮した,効果的かつ効率的な防除体系の確立が重要であると考えられた.

 次に,品種別の赤かび病に対する感染時期,病勢伸展,そして発病程度やマイコトキシン蓄積 および赤かび粒率の関係をそれぞれ総合的に評価したところ,いずれの品種でも, 赤かび病に対する感受性は開花期頃に最も高まったが,その程度には顕著な品種間差が認められた. また,同時期の薬剤散布が最も効果的であり,防除体系の中で,同時期の防除は必須であると考えられた. また,本試験で定義した開花期をムギ類栽培現場で把握するためには,開花穂率が簡易な指標となりえることが明らかとなった. また,開花期に感染した赤かび病菌によるDONの蓄積は,開花期から14日後以降に急増した. このことから,生育後期におけるDON蓄積を抑制するための薬剤防除の有効性が示唆された. DONの蓄積性や病勢進展に対する品種間差は大きく,オオムギではそれらが緩慢であったが, 特にコムギ品種ゆきちからではこれらのいずれもが顕著であった.

 これら各品種が抱える種々のリスクを総合的に考慮し,すべての品種で感受性が最も高まる開花期を第1回目の防除と定め, それぞれに効果的かつ効率的な防除回数や防除時期を,発病度やDON濃度,そして赤かび粒率を指標として総合的に検討した. その結果,オオムギおよびコムギ品種シラネコムギでは基本防除回数が2回,ゆきちからでは3回が適当と考えられた. オオムギおよびシラネコムギについては,発生予察による2回目防除の要否判断が必要と考えられた. ゆきちからにおける防除の間隔は,10日程度とするのが効率的と考えられた.

 また,特に本病に対するリスクが高いコムギ品種ゆきちからを対象として,より効果の高い防除手法を確立するとともに, 低コスト化を目指し低量薬液散布技術の検討を行った. その結果,発病穂率および発病度の低下には,地上防除の効果がより高く, かつある一定レベルまでの散布薬液量の削減は可能であることが示唆された. また,赤かび病の発生のみならずマイコトキシンの低減にもより効果の高い薬剤を探索したところ, メトコナゾールやテブコナゾール,チオファネートメチル剤の効果が高かった.

 一方,現地共同乾燥調整施設当で行われている収穫後選別の赤かび粒やマイコトキシンの低減効果について検討した. その結果,粒厚選別および比重選別による調整作業は,赤かび粒やDON濃度の低減対策上有効な手法となることが明らかとなった.
このように,今後の赤かび病防除法を確立する上では,現在のムギ類を取り巻く情勢,そして生産者や消費者の実情も踏まえた上で, 一律ではなく,栽培現場の環境や品種の特性に合わせた,より効果的かつ効率的な防除体系の確立が重要性を増してくるものと考えられた. 今回行った赤かび病に対する品種の評価法や,発病そしてマイコトキシン低減技術の確立法については, 今回用いた品種のみならず,現在栽培されているその他の品種,そして新たに栽培される品種等にも応用可能な手法であると思われる.