氏 名 さとう まゆみ
佐藤 真由美
本籍(国籍) 北海道
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第436号
学位授与年月日 平成20年9月30日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物資源科学専攻
学位論文題目 北海道産針葉樹の脂質成分と樹種特性との関連性に関する化学的研究
( Chemical studies on lipid components of conifer in relation to its characteristics in Hokkaido )
論文の内容の要旨

 グイマツ雑種F1, Larix gmelinii × L. kaempferi (以下F1) はグイマツを母樹とし、 カラマツを花粉親とした林業用種間雑種であり、成長速度、材質、病虫獣害・気象害に対する抵抗性などの点に優れた北海道の有望な造林樹種である。 しかし、この樹種特性と化学成分の関連性及び化学成分の育種的遺伝特性は未解明である。 F1の種子はグイマツとカラマツが混植された採取園において、自然受粉を経てグイマツから採取される。 これら種子には、F1とグイマツ両者の種子が混在するが、現在のところF1の種子を判別できない。 そのため現在は種子を播種後、苗の形態的特長やフェノロジーの違いなどからF1の苗を判別している。

 2家系のF1とそれらの両親のクローンの枝樹皮には主に13-epimanool、larixol、larixyl acetate、 13-epitorulosyl acetate、isopimaric acid、abietic acid、dehydroabietic acid およびneoabietic acidの8種のジテルペンが認められた。 グイマツではlarixolが、カラマツではabietic acid がそれぞれ50%以上を占めた。 F1ではlarixolとabietic acidの割合は両親であるグイマツとカラマツの中間の値であった。 このように樹皮のジテルペン含有量は遺伝的に両親の影響を受けていた。 ジテルペン組成から算出したlabdane/ (pimarane+abietane) 比の値から、グイマツではcopalyl diphosphate (CDP) から labdane型ジテルペンへの、カラマツではCDPからpimaraneおよびabietaneへの合成経路が主であることが示唆された。 上記の8種のジテルペンの含有量を基に線形判別分析を行った結果、成木ではグイマツ、カラマツおよびF1の 3樹種を誤判別なく判別することが可能であった。 さらに、グイマツとF1の苗木について同様に解析したところ、誤判別率は7.7%であり、 複数の家系の苗木についても、ほぼF1を判別できた。 このことから、苗木枝の樹皮のジテルペン組成は、樹種判定をする上で有効な指標であると考えられた。

 また、成木と苗木の葉には共通してC12からC32までの21種の脂肪酸が認められた。 18:2と18:3の合計値に対する18:1の比 (18:1/18:2&18:3) は、成木の場合、グイマツよりもカラマツで低く、 F1では両親のグイマツとカラマツの中間の値であった。 また、18:1/18:2&18:3比にはグイマツとF1の間で有意差があったが、苗木では上記の特徴は観察されなかった。 次いで、成木の糖脂質画分と中性リン脂質画分の脂肪酸組成を分析したところ、 中性リン脂質画分では3樹種間で18:1/18:2&18:3比が有意に異なることを見出すとともに、両画分、 特に糖脂質画分においては構成脂肪酸のΣC18/ΣC16比が異なることを認めた。 これらの樹種間での脂肪酸組成上の特徴を小胞体と葉緑体での脂質合成系とそれに引き続いて起こる脂肪酸不飽和化反応における 基質特性や活性の視点から考察した。 また、脂肪酸組成を基にして線形判別分析を行うと、成木と苗木の両者において ほぼ誤判別なくF1とグイマツが判別することが可能であった。 このことは、苗の葉の脂肪酸組成を分析すれば雑種判別の指標として利用できることを意味している。

 次に、F1とそれらの両親のクローンの成木および苗木の葉のステロール組成を分析したが、 ジテルペンや脂肪酸組成と異なり樹種間に違いが認められなかった。 そこで、樹木組織中のステロール脂質の機能についてカラマツカルスを用いて検討した。 カルスを10 mM メバロン酸 (MVA) 存在下で培養すると、アシルステロール (AS) 含有量は著しく増加したが、 遊離ステロール (FS) とグリコシルステロールは増加しなかった。 また、MVAの存在の有無にかかわらず、カルスの構成ステロール組成には違いがなかった。 カルスを10 mM MVA培地で培養後、MVA無添加培地に継代すると、AS含有量は無添加培地のカルスのレベルまで減少した。 このように、細胞膜を構築するFSおよびグリコシルステロールのようなステロール脂質は一定の含有量に維持されており、 外因性MVAから生合成された過剰なステロールはエステル化ステロールであるASとして貯蔵されることが示唆された。 これらの結果から、ステロール量が増加するような条件下においても、膜ステロール脂質の含有量や構成ステロールの組成が一定に保たれているため、 ステロール成分には樹種間での顕著な差が認められないと考えられた。