氏 名 うえの ありほ
上野 有穂
本籍(国籍) 石川県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第435号
学位授与年月日 平成20年9月30日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物資源科学専攻
学位論文題目 分光反射特性を利用したリンゴ果実表面の打撲傷の検出に関する研究
( Detection of bruise defects on apple fruits using spectral reflectance )
論文の内容の要旨

 生食用リンゴ果実の非破壊選別評価技術は,外観,質量,大きさや着色の基準による全数自動選別はもちろんのこと, 高速高精度でのBrix糖度の測定,蜜入りの予測や内部褐変果の判定技術までも実用化されている。 その一方で,商品価値を著しく低下させる打撲傷などを持つ損傷果は選別工程前に目視で一部除外されるが, 選別装置による全数自動検出技術は実用的に確立されていないのが現状である。

 本研究では,リンゴ果実の損傷果の中でも圧縮などによる打撲傷を非破壊かつ変色前に検出することを目的とした。 まず,打撲あり部と打撲なし部の二ヶ所の分光反射率を高精度分光光度計にて打撲前2時間から打撲後一定期間経時的に測定し, それらの分光反射率の変化を統計的な手法で詳細に解析した。 次にその基礎知見を適用し,リンゴ果実全周のハイパースペクトルデータから打撲傷検出画像を生成し, 実際に打撲傷の判別に利用可能であるか否かについて検討を行った。

1.'ふじ'のリンゴ果実表面における打撲傷検出分光特性の検討
 目視での認識が非常に困難なリンゴ果実表面の打撲傷を非破壊かつ変色前に検出するため, まず赤色系品種の'ふじ'における打撲傷検出のための分光特性について検討を行った。 本研究ではリンゴ果実表面の打撲傷あり部と打撲傷なし部について,高精度分光光度計を用いてそれぞれの分光反射率の変化を経時的に記録し, 得られたこれらの分光反射率データを統計的に比較解析した。
 その結果,波長域738~812nmでの分光反射率の回帰直線の傾きが打撲あり部と打撲なし部で統計的な有意差が認められ, 打撲傷の進行状況によることなく打撲傷の有無の判別に有効であった。 さらに長波長側基点を分光反射率が極大値となる812nmとし,短波長側基点を718nmから748nmまで10nmごとに変動させて検討した結果, 短波長側基点として738nmが最適であった。 また738~812nmの波長域では非常に強い線形性を示しているため,波長分解能を5nmや15nmとした場合でも,1nmとほぼ同等の結果を得た。

2.'王林'のリンゴ果実表面における打撲傷検出分光特性の検討
 次に,黄色系品種の'王林'について,'ふじ'の場合と同様な方法を用いて打撲傷あり部と打撲傷なし部について 分光反射率データを統計的に比較解析した。
 その結果,'王林'の場合波長域743~812nmでの分光反射率の回帰直線の傾きが打撲あり部と打撲なし部で相違が認められ, 打撲傷の進行状況によることなく打撲傷の有無の判別に有効であった。 さらに長波長側基点を分光反射率が極大値となる812nmとし,短波長側基点を723nmから783nmまで10nmごとに変動させて検討した結果, 短波長側基点として743nmよりも763nmが良好であった。 また743~812nmの波長域では非常に強い線形性を示しているため,波長分解能を5nmや15nmとした場合でも,1nmとほぼ同等の結果を得た。

3.ハイパースペクトル画像によるリンゴ果実表面の打撲傷の認識
 分光光度計での実験で得られた打撲傷検出分光特性を基に,資源探査や植生分布調査などのリモートセンシング分野に利用されている ハイパースペクトル画像を用いて,リンゴ果実全周の打撲傷認識画像の検討を試みた。 分光光度計での実験と同様に'ふじ'と'王林'のリンゴ果実表面に人工的に打撲傷を負わせ, ハイパースペクトルカメラや200W光源ランプなどからなるハイパースペクトル画像取得装置でリンゴ果実全周を撮影し, 自作した打撲傷検出画像生成プログラムで得られた各点の分光反射率から回帰直線の傾きを算出し, その変化を解析するとともに画像化することで,実際に打撲傷の判別に利用可能であるか否かについて検討した。
 その結果,'ふじ'では波長域738~812nm,'王林'では波長域743~812nmでの分光反射率の回帰直線の傾きを算出し画像化することで, 打撲あり部と打撲なし部を区別することが可能であり,リンゴ果実の打撲傷の判別に利用可能であることがわかった。 'ふじ','王林'ともに,打撲後1日以上経過した打撲傷を認識することが可能であった。 さらに,打撲傷検出画像の白黒領域範囲や階調数,光源ランプの照明光量や照射角度を考慮することで, より良好な認識が可能であると予想される。 '王林'では分光光度計による分光反射率データの比較解析の結果において, 波長域743~812nmよりも763~812nmの方が統計解析結果は良好であったが, 生成された打撲傷検出画像は波長域743~812nmが高画質であったため, '王林'の打撲傷検出分光波長領域は743~812nmが最適であった。

 以上のことから,本研究では目視での確認が非常に困難なリンゴ果実表面の打撲傷を非破壊かつ変色前に検出することを目的に, 分光光度計やハイパースペクトルカメラを用いて検討を行った結果,'ふじ'では波長域738~812nm, '王林'では波長域743~812nmでの分光反射率の回帰直線の傾きを求め,その値を画像化することで打撲あり部と打撲なし部を区別することが可能であり, リンゴ果実の打撲傷の有無を識別することができた。 また,分光光度計の分光反射率データを解析した結果,'ふじ'では738nmと812nm, '王林'では743nmと812nmの2波長のみでもその可能性があることを示唆した。 これらの結果は,リンゴ果実表面の打撲傷をも検出可能とする選別装置の研究開発に大きく寄与するものになると考えている。