氏 名 つげ じゅんいち
柘植 純一
本籍(国籍) 広島県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第434号
学位授与年月日 平成20年9月30日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物資源科学専攻
学位論文題目 活性汚泥による水浄化能力の応用に関する研究
( Application of wastewater treatment ability by activated sludge )
論文の内容の要旨

 活性汚泥法は最も一般的な廃水の処理方法であり, 我が国でも工場排水および都市下水のほとんどがこの方法によって処理されている. 本研究は活性汚泥の優れた水浄化力に注目し,この浄化力を応用する目的で行われた.

 第1章では活性汚泥による水浄化の第一段階である汚泥フロックによる汚染物質の吸着除去に注目し, 活性汚泥から凝集剤を生産することにつなげる目的で,汚泥フロックから抽出したポリマーの性質について検討した. 活性汚泥フロック懸濁液を超音波処理することによって得られたタンパクを主成分とするポリマーは,陽イオンの存在下でカオリン, 活性炭および泥水に対して凝集活性を示し,デフロックさせた汚泥のフロック再構成を促進した. カオリンに対する凝集活性の強さは,カオリン懸濁液中のポリマー濃度と正の関連性が見られたが, ポリマー濃度が7.5ppmを超えると変化は認められなかった. また凝集活性はpHの影響を強く受け,酸性下では良好な活性を示したが,塩基性下では完全に活性が失われた. ポリマーをプロナーゼで消化すると凝集活性は大きく低下したが,100℃,5分間の加熱による影響は受けなかった. さらに凝集活性を有するポリマーを効率よく抽出する目的で熱水抽出,0.5N NaOH抽出,2.5% SDS抽出および 水洗浄抽出の4方法によって得られたポリマーの性質を比較した. いずれのポリマーもタンパクを主成分としており,陽イオンの存在下でカオリン懸濁液に対して凝集活性を示したが, ポリマーの収量,凝集活性はともにNaOH抽出が最も多く,水洗浄抽出が最も低かったこととから, 検討した方法の中ではNaOH抽出が最も凝集活性物質の抽出には適していると判断した.

 北海道のように寒冷期には流入水の温度が10℃にまで低下する地域では, 細菌よりも一般的に低温で増殖する真菌が寒冷期の水浄化に寄与していると考えられる. そこで第2章では活性汚泥中の真菌類の動態を探る目的で真核生物の細胞膜成分であるスフィンゴ糖脂質(GSL)に注目し, 活性汚泥のGSLパターンの季節的変動を1年間追跡した. 中性GSLsの含まれる画分をTLC上で比較したところ,1年を通しCMSに相当する Rf 値の部分に強いスポットが観察され, CMSが活性汚泥糖脂質の主成分であると推測された. また非常に興味深いことにRf値の低い部分に観察される極性の高いGSLsが寒冷期に増加する傾向が認められたことから, このようなGSLsをもつ真菌が寒冷期に増加していることが示唆された. そこで活性汚泥から真菌を分離同定し中性GSLsの検索を試みた. 1月および5月に分離され(7菌株),28S rDNA D2領域の塩基配列解析によりMucor sp.(1月),Geotrichum sp.(1月,5月), Trichosporon sp.(1月), Candida sp.(1月)および Trichoderma sp. (5月)と同定された真菌から得られた 中性GSLs画分をTLCによって比較したところ,接合菌類である Mucor sp.で Rf 値の低い部分に極性の高い糖脂質が複数観察された. 接合菌類はガラクシド鎖をもつ新規の中性GSLsを有することが報告されており, 活性汚泥で寒冷期に増加する極性の高いGSLsはこの時期に Mucor sp.が増加したことを示している可能性が示唆された. また,5菌株の中性GSLs画分の主成分であるCMSを単離し構造解析を行った結果, これらはGlcCerであり主要なセラミド部分はスフィンゴイド塩基としていずれも9-Me d18:2をもち, 脂肪酸は Mucor sp.および Geotrichum sp.はh16:0, Candida sp.および Trichosporon sp.はh18:0, Trichoderma sp.はh18:1で構成されていた.

 寒冷期の下水処理に果たす真菌の役割について検討するために, 第3章では活性汚泥から分離された真菌5株を用いて低温下における合成下水の分解試験を行った. 1月に分離された Mucor sp.,Geotichum sp.,Candida sp.の10℃における BOD除去率(%)はほぼ70%以上と良好に合成下水を浄化し,中でも Mucor sp.は76.0±2.42と最も高かった. 1月に分離されたTrichosporon sp.は15℃で80%以上の分解率を示したが,10℃では40%台にまで低下した. 一方5月にのみ分離された Trichoderma sp.は10℃で19.0±2.08であり15℃でも40%台と極端に低かった. このことは真菌類の季節的消長が活性汚泥による寒冷期の下水処理に大きく影響していることを示すものと考えられる. また,合成下水に15℃で3ヶ月間馴致させた活性汚泥の10℃でのBOD除去率(%)は88.5±0.45と非常に高く, クロラムフェニコールを100μg/mL含む合成下水で活性汚泥を8日間培養後, 合成下水分解試験を行っても10℃で74.2±2.78のBOD除去率(%)が得られた. これらの結果から寒冷期の下水処理に活性汚泥中の真菌が大きく寄与していることが強く示唆された.