氏 名 ふくしま まこと
福島 誠
本籍(国籍) 青森県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第433号
学位授与年月日 平成20年9月30日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物資源科学専攻
学位論文題目 プラナリアの雄性ホルモンに関する研究
( Studies on the androgen in the freshwater planarian Bdellocephala brunnea )
論文の内容の要旨

 近年、無脊椎動物でも、特に軟体動物の二枚貝や巻貝において、 脊椎動物型の性ステロイドが存在していることが明らかとなっている。 有性生殖を行う淡水棲プラナリア、イズミオオウズムシには自然環境で明確な繁殖時期が存在している。 複合卵から孵化した淡水棲プラナリアは、仔虫から成体へ成長する過程で、生殖器官を分化・形成させる。 また、プラナリア性的成熟個体には、精巣、卵巣、卵黄腺等の生殖器官が存在し、 精巣と卵黄腺、卵巣は個体内でも明らかな発達と退縮を示す。 このことから有性生殖で繁殖するプラナリアにおいて、生殖に関わる内因性のホルモンの存在が示唆されていたが、 プラナリアでは今まで、アンドロゲンやエストロゲン、プロゲステロンといった脊椎動物型の性ステロイドの存在は確認されていない。 しかし、イズミオオウズムシ精巣においては、透過型電子顕微鏡での観察から、哺乳類のアンドロゲン合成細胞(Leydig cell)に 見られるような多数の滑面小胞体が、精細胞に確認されている。 そのため、この研究の目的は、有性生殖で繁殖する淡水棲プラナリアでの内分泌ステロイドの存在の有無、 その中でもアンドロゲンの存在を探ることである。 私はまず、有性生殖で繁殖する淡水棲プラナリアの1種であるイズミオオウズムシにおいて、テストステロンの検出を行った。 高速液体クロマトグラフィー(HPLC)では、イズミオオウズムシ性的成熟個体においてテストステロンが検出され、 輸精管膨大部が不可視の個体群では、可視される個体群よりも高い含有量だった。 次に、イズミオオウズムシの精子形成過程に着目し、テストステロン含有量の変動を調べた。Enzyme-linked immuno-sorbent assay(ELISA)により、 精子形成終了期(精子形成ステージ6)では、精母細胞が多い時期(精子形成ステージ4)よりも3倍以上含有量が高く、 精子形成ステージ4は6ステージ中で最も含有量が低かった。 HPLCとELISA法での結果は、イズミオオウズムシ性的成熟個体からテストステロンが検出されることを相互に支持していた。 さらに、私は、イズミオオウズムシにおいて、ウェスタンブロット法によりアンドロゲンレセプター様タンパク質を検出し、 免疫組織化学的手法ではアンドロゲンレセプター様タンパク質が、吸着に関与すると考えられる好塩基性腺細胞と、 生殖器官に属する卵黄腺及び交接嚢上皮に局在している、ということを明らかにした。 またテストステロンは、アンドロゲンレセプター様タンパク質が局在している卵黄腺と交接嚢、 それ以外には腸管と咽頭及び交接後の他個体精子に検出された。 そのため私は、テストステロンがイズミオオウズムシ性的成熟個体の内因性モジュレーターとして働いていることを、 アンドロゲンレセプター様タンパク質の局在を考慮し、間接的に調べた。 まず、ELISAサンプルでの組織学的な調査を行った領域(片側の卵巣と精巣と卵黄腺を含んだ領域)において、 卵黄腺にアンドロゲンレセプター様タンパク質とテストステロンが局在していたため、 一年を通してイズミオオウズムシの性的成熟個体を野外から採集し、それらの組織観察を行った。 その結果、精巣と卵黄腺は個体内でも同調的な発達と退縮を示していた。 次に、イズミオオウズムシ性的成熟個体での精子形成ステージにおけるテストステロン含有量の変化と卵黄腺の発達の関係を調べた。 その結果、精子形成ステージ1から4までのテストステロン含有量が少ない期間では、卵黄腺が発達している個体も少ないが、 精子形成ステージ5から6までのテストステロン含有量が増加する期間では、卵黄腺が発達している個体も増加していた、 ということを明らかにした。 組織学的な解析では、イズミオオウズムシ性的成熟個体の精巣と卵黄腺が内因的な関わりをもっている、ということを示唆していた。 このことは、ELISA法によるテストステロン含有量の増加と組織観察による卵黄腺発達個体の増加が示すように、 テストステロンはイズミオオウズムシ性的成熟個体の内因性モジュレーターとして、卵黄腺に作用し、その発達を促している可能性がある。 私は未だ、テストステロンが淡水棲プラナリアの性ホルモンの1つとして、内因性のモジュレーターの役割をもっていることを 直接的には証明していないが、本研究で得られた結果や導き出された可能性は、今後のプラナリアの性ホルモン研究の基礎となり得る。 扁形動物のプラナリアは、左右相称性の体制をしている動物の中では、最も単純な体制をもっており、 系統的にみて、原始的ながらも集中神経系と三胚葉をもつに至った最初の動物群でもある、といわれている。 この下等動物であるプラナリアにおいて、既にテストステロンが合成されており、 その内因性モジュレーターとして卵黄腺の発達を促しているだろう、という事と, 体内受精をする動物の中で最も下等な位置にあるプラナリアにおいて精子の受精能獲得にテストステロンが関っている可能性がある、 という報告は、系統進化学的観点からも意義あるものと思われる。