氏 名 ながやま こうき
長山 耕己
本籍(国籍) 茨城県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第432号
学位授与年月日 平成20年9月30日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物資源科学専攻
学位論文題目 細胞性粘菌( Dictyostelium discoideum )における発生分化とミトコンドリアプロセシングペプチダーゼ に関する研究
( The role of mitochondrial processing peptidase during development in Dictyostelium discoideum )
論文の内容の要旨

 発生分化のモデル生物である細胞性粘菌( Dictyostelium discoideum ) において、 ミトコンドリアが細胞分化や走化性及び走光性等のシグナル伝達系に重要な機能を有していることが示唆されている。 発生分化におけるミトコンドリアの機能を検討する上で、ミトコンドリアの生合成がどの様なメカニズムで コントロールされているかについて理解することは非常に重要である。 しかし、これまで粘菌のミトコンドリア生合成に関する研究はほとんど行われていない。 そこで、本研究において、粘菌におけるミトコンドリアの生合成の研究、特にミトコンドリアタンパク質の移行と プロセシングに関する研究の一環として、ミトコンドリアプロセシングペプチダーゼ(MPP)に関する研究を行った。

 MPPはα-及びβ-MPPサブユニットから成る二量体の金属プロテアーゼで、 核にコードされるミトコンドリアタンパク質の前駆体をプロセシングして成熟体にする酵素である。 はじめに、粘菌MPPのミトコンドリア内局在性について検討した結果、 α-MPPがミトコンドリアのマトリクスに、 また、 β-MPPがマトリクス及び内膜に局在することが明らかになった。 また、MPPの酵素活性はマトリクス画分のみに検出された。 以上の結果から、マトリクス内に存在する α-MPPと β-MPPが会合してMPPとして機能し、 また、内膜に局在する β-MPPが電子伝達系複合体Ⅲ (bc1複合体)のCore Iサブユニットとして機能していることが分かった。

 α-MPPは、抗α-MPP抗体を用いたウェスタンブロット解析により、 分子量が大きいα-MPPH (65kDa)とわずかに小さいα-MPPL (60kDa)の二つのバンドとして検出された。 α-MPPHはα-MPP前駆体(80kDa)から生成した中間体(不活性型)で、α-MPPLが成熟体(活性型)であることが示唆された。 そして、成熟体α-MPPL の生成は、α-MPPHを特異的にプロセシングする新規のプロテアーゼによって行われることが示され、 これをMPP-α processing peptidase (MAPP)と命名した。 α-MPPHの末端 (NまたはC末端)の余分なアミノ酸残基が、MAPPによるプロセシングを受けて除去されることで、 α-MPPLの正しいコンフォーメーションが形成され、β-MPPと適切な会合をして機能的MPPとなり酵素活性を示すと推測される。

 粘菌AX-3株において、移動体の時期から子実体形成期の開始にかけてMAPP活性が減少し、 それに伴いα-MPPLも減少した。その後、子実体形成開始に伴いMAPP活性が徐々に上昇することで蓄積していた α-MPPHがα-MPPLに変換され、MPPの酵素活性が再び上昇した。 また、α-MPP 遺伝子発現を抑制しているα-MPPアンチセンス株において、移動体が子実体を形成する開始時期までの時間が延び、 それと同調してα-MPPLの消失している時間も延びた。 この結果から、移動体時期から子実体形成期へ発生が進行するためには、移動体時期に一度減少または消失した α-MPPLが再び生成されること、すなわちMAPPによる中間体 -MPPHの成熟体α-MPPLへの プロセシングが必須であることが示唆された。

 粘菌のβ-MPP抑制株である β-MPPアンチセンス株における β-MPP遺伝子の発現抑制を検討したところ、 予想に反して β-MPPの発現が増加し、また、 α-MPPやCox IV等ミトコンドリアタンパク質の遺伝子発現も誘導された。 このことは、 β-MPPの一部が内膜のbc1複合体のcore Iとして機能しているため、 β-MPPの抑制により呼吸系(酸化的リン酸化)の障害が起こり、 ATPの生成が阻害されたことを示唆している。 AMP-activated protein kinase (AMPK)がミトコンドリアの増殖及びATPの合成を促進することが知られている。 そこで、AX-3株をmetforminや5-aminoimidazole-4-carboxamide-1-β-D-ribofuranoside (AICAR)等AMPK活性化試薬で処理したところ、 β-MPPアンチセンス株と同様、ミトコンドリアタンパク質遺伝子の発現が誘導された。 この結果は、β-MPPアンチセンス株に見られたこれら遺伝子の発現誘導がAMPKの活性化を介した mitochondrial retrograde regulationであることを示唆し、動物細胞と同様、粘菌においてもAMPKを介してミトコンドリアタンパク質の 遺伝子発現が誘導されることを示した。

 以上、本研究において、 α-MPPの中間体 α-MPPHがMAPPによりプロセシングされ、 成熟体 α-MPPLを生成することでMPPが活性化されるという新しい現象を見出した。 MPPの研究が進んでいる動物細胞や酵母において、プロテアーゼによる α-MPPのプロセシングについての報告がないことから、 この α-MPPのプロセシングによるMPP活性化のメカニズムは粘菌に特有の機構であることが示された。 また、AMPK活性化試薬によるミトコンドリアタンパク質遺伝子の発現、及び β-MPPアンチセンス株におけるそれら遺伝子発現が、 AMPKを介したmitochondrial retrograde signaling pathwayによって起こることをはじめて明らかにした。