氏 名 いしぐろ しんいち
石黒 慎一
本籍(国籍) 山形県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連論 第130号
学位授与年月日 平成19年9月28日 学位授与の要件 学位規則第6条第1項該当 論文博士
研究科及び専攻 連合農学研究科
学位論文題目 南北2産地メイガ類越冬幼虫の休眠と耐寒性
( Relationships between diapause and cold hardiness in overwintering larvae of Pyralidae distributed in northern and southern part of Japan )
論文の内容の要旨

 休眠と耐寒性は越冬機構の2つの主要な構成要素であり、休眠には、 ①非休眠世代に対する休眠世代を対象とする場合と、②同一休眠世代の休眠期から覚醒期までの休眠の深さの違いを対象とする場合の 大きく2つの取り上げ方がある。 これまでの休眠と耐寒性に関する研究の大部分は①の休眠世代に対する場合に該当する。 一方の②の同一世代の休眠深度対する耐寒性の関係については、ニカメイガの研究を除いて最近までほとんどみあたらない。 休眠深度に関する研究が日本の研究者によりニカメイガに対して集中的にとりくまれ、その過程で、休眠覚醒期の地域変異が明らかにされた。 すなわち、日本の北部に分布する庄内系統は厳寒期を前にした11月で休眠が覚醒するのに対し、 南部に分布する西国系統は厳寒期の後で休眠が覚醒する。 一方、ニカメイガの耐寒性について、耐寒性物質であるグリセロールは、庄内系統は休眠覚醒後、西国系統は休眠覚醒期前にピークが現れ、 ニカメイガの休眠と耐寒性の関係に地域変異の存在が推定される。 このことは、昆虫は地域により休眠の深さを変えて耐寒性を制御している可能性を示唆しており、さらに広い範囲の種において、 耐寒性と休眠深度の関係を調べることの重要性を示唆している。 その場合、庄内系統は耐寒性を高めるのになぜ休眠を覚醒していなければならないのかなど、 地域変異の真の適応的な意義が明らかにされなければならない。

 そこで本研究ではまず、2系統のニカメイガ越冬幼虫を山形県庄内地方の野外条件において、 耐寒性を比較して2系統の適応的な意義を検討するとともに、トウモロコシの重要害虫として日本の全域に分布しているアワノメイガを 用い休眠と耐寒性の南北地域間差異について、その現象の把握と休眠深度による耐寒性の制御機構について調査・研究を行い、 地域変異の普遍性について考察する。

 まず第1章として両系統ニカメイガ越冬幼虫を庄内地方の野外条件下に同一時期にさらし、グリセロール含量を調査したところ、 庄内、西国両系統共に10月では低く1月に高くなるが、その過程は系統によって異なり、庄内型では11月より蓄積するのに対し、 西国型では12月より緩やかな蓄積した。 また制御実験より、これらのグリセロール蓄積が庄内型は休眠が浅くなることにより起こり、 西国型では休眠の深い時期に起こることを明らかにし、休眠と耐寒性の関係に地域変異が存在することを証明した。 こうした休眠と耐寒性の関係に地域変異が存在することが普遍的な現象か調査するため、 第2章からは日本全域に分布するアワノメイガ ( Ostrinia furnacalis ) の休眠と耐寒性の関係について調査した。 まず、第2章ではアワノメイガ庄内産と兵庫産の越冬幼虫を庄内地方の野外条件下に同一時期さらし、 グリセロールの蓄積量を調査したところ、共に9月と10月では非常に低く、11月から蓄積を開始するものの、 蓄積がピークに達する時期と蓄積過程が異なった。 ピークに達する時期は庄内産では12月上旬から1月上旬の範囲であり、厳寒期にはすでにピークを迎えている。 一方、兵庫産は2月上旬にピークに達し、厳寒期を迎えた後となっていた。 このようにアワノメイガにおいてもグリセロール蓄積に地域変異が生じている可能性が高く、また、 休眠がグリセロール蓄積に影響を及ぼしているのではないかと考えた。 よって、第3章では両産地アワノメイガ越冬幼虫の休眠覚醒機構を明らかとするため2つの実験を行った。 実験①では両産地越冬幼虫を5℃~30℃まで5℃刻みの6つの温度条件、16L-8D (長日) と12L-12D (短日) の2つの日長条件、 30日処理から300日処理まで30日刻の期間条件で処理し、処理後に蛹化処理条件(20℃短日)へ移して蛹化を観察したところ、 兵庫産では20℃以上の高温処理区で休眠初期に高い蛹化率を示し、特に長日条件下で高い蛹化率を示した。 15℃以下の処理区では処理期間の延長による効果が大きく、120日処理において蛹化までの期間が最も短縮された。 庄内産では全ての処理区において蛹化率は兵庫産に比べ低いものであった。 そこで実験②では湿度の影響を考え、蛹化処理条件に実験①に比べ十分な水分を与えたところ、 庄内産は高温下 (25℃) では蛹化率が低いまま休眠打破されにくいが、低温下 (5℃) では60日目より蛹化率が高まり 早い時期から休眠が浅くなり始めた。 このようにアワノメイガ越冬幼虫は地域によって、休眠覚醒機構に地域変異が生じていた。 これらのことから、アワノメイガにおいても休眠がグリセロール蓄積に影響をおよぼしていると考えられる。 そこで第4章では制御条件下で休眠深度とグリセロール蓄積の関係を調査したところ、庄内産では休眠の浅くなる時期に蓄積のピークを迎え、 一方、兵庫産は休眠状態で蓄積し、アワノメイガにおいても休眠と耐寒性の関係に地域変異が生じていた。 このような休眠の深さの違いは、蓄積の傾きと蓄積量に影響し、庄内産では蓄積は一気に起こり兵庫産に比べ蓄積量が多く、 兵庫産では蓄積は緩やかであり、蓄積は庄内産では低温の影響を強く受け、兵庫産は休眠誘起後の期間に影響を受けて増加する傾向が示された。

 このように本研究では同一種内において地域により休眠と耐寒性の関係が異なり、 南方に生息する越冬幼虫は休眠の深い状態で低温に徐々に反応し、 北方に生息する越冬幼虫は休眠覚醒した状態で低温に即座に反応して耐寒性を獲得することを明らかにした。 このような例は本研究以外では全く報告されておらず、休眠を同一世代の休眠深度としてみることによって、 休眠の耐寒性制御の役割を始めて明らかにすることができることを本研究は示すことができた。 このことは昆虫の越冬機構を解明するうえで、重要な手がかりとなることが期待される。