狭小林地に生息するエゾモモンガの生態に関する十分な情報はなく,
エゾモモンガの地域個体群の維持においては,森林の分断化に対する保全策を示すことが重要である.
本研究では,第1章から第3章まで狭小林地に生息するエゾモモンガの生態の基礎研究(巣の利用形態,夜間の活動,行動圏),
第4章と第5章では保全対策に向けた応用研究を示す.
第1章 狭小林地における巣の利用
エゾモモンガによって利用された巣は,非積雪期と積雪期にわたって3タイプ(樹洞,巣箱,樹上巣)であった.
非積雪期には巣の利用数が多く,樹洞と巣箱の利用割合が高かったが,積雪期には巣の利用が少なく,樹洞と樹上巣の利用割合が高かった.
非積雪期での巣箱の高い利用率は,気温の上昇と外部寄生虫の増加に関係していると思われた.
また,積雪期における樹上巣の利用は狭小林地での樹洞資源が少ないことに起因していると考えられ,
特定の樹洞の利用は樹洞内の保温性に関係しているかもしれないと推測された.
第2章 夜間の活動性および巣から活動場所までの距離の関係
活動性は,深夜の休息をともなった2つの活動時間帯(日没後と日の出前)をもち,
日の出前には長時間の採食が行なわれていると示唆された.
春~秋と冬のどちらにおいても,雄は複数の雌を獲得するための大きな行動圏を維持するため,
雌よりも巣から活動場所まで長距離を移動したと考えられた.
また,雄は春~秋より冬において長距離を移動し,これが狭小林地での少ない巣資源の利用と冬における制限かつ分散している
食物資源の利用によると考えられた.
一方,雌は繁殖に適し,食物に近いような巣を年間を通じて優占的に選択したことによって,季節間に違いがみられなかったのだろう.
第3章 狭小林地におけるエゾモモンガの行動圏
狭小林地における100%MCPは雄が2.98ha,雌が1.28haであり,50%コアエリアは雄が0.62ha,雌が0.25haであった.
雌同士の100%MCPには重複がみられたことから資源の共有が示唆されたが,50%コアエリアでは排他的な関係を示した.
また,ほとんどの個体は林地外へ頻繁に移動することでその行動圏内に利用不能地を多く含んでおり,
利用不能地の量は生息地外への移動頻度とともに活動場所の選択性によって決定されるかもしれないと示唆された.
雄の行動圏は複数の雌の行動圏と重複しており,このことによって繁殖の可能性を高められるだろう.
狭小林地において,エゾモモンガは利用不能地を含んだ大きな行動圏を維持したが,特定の移動経路は捕食圧の増加にもつながる可能性がある.
第4章 エゾモモンガの滑空能力
エゾモモンガの滑空能力は性別と体重によって影響を受けず,平均滑空距離は18.9m,平均滑空比は1.7であった.
最大滑空距離(49.4m)と最大滑空比(3.3)の値は高かったが,もっとも多くの観察は滑空距離10~20mと
滑空比1.0~1.5のクラスに含まれた.
そのため,エゾモモンガは強風や鳥類捕食者のような高いリスクを回避するために,
身体的および技術的に安全な能力で滑空移動していると考えられた.
滑空比は滑空距離と正の相関がみられたことから,広い分断は高い滑空能力を引き出すと考えられるが,その滑空能力には限界がある.
したがって,森林が分断化される場合には,成獣のエゾモモンガが移動可能な距離である1.0より小さな森林分断比に抑えるべきであろう.
第5章 分断された森林への対策とその評価
道路によって分断化された森林において,滑空移動のために設置されたモモンガ横断用支柱と歩行移動のために設置された
モモンガ用渡し棒についてエゾモモンガの利用状況をモニタリングした.
モモンガ横断用支柱は,試験的に放獣した個体が構造物から滑空したことによって十分に利用可能であることが示された.
また,モモンガ用渡し棒において,ギャロップを用いた移動が自動撮影カメラによって頻繁に記録されたため,
設置されたカラマツ材がエゾモモンガの移動にとって十分な太さであったと思われた.
利用数は活動性が低下する厳冬期に減少し,授乳期に増加した.
また,モニタリング1年目に比べて2年目で増加したため,エゾモモンガによる構造物への認識は少なくとも2年の期間が必要であると考えられた.
第6章 総合考察
狭小林地において,エゾモモンガは不足した資源を補うために他の林地へ移動するが,
その滑空能力を超える森林の分断化は資源の獲得と個体群の交流を妨げる.
そのため,適切な移動経路を創出することによってこの問題を解消する必要があるが,特定の移動経路は捕食圧を高める可能性もある.
そのため,森林の分断化を最小限に抑え,防風林や河畔林を保つ必要があると考えられた.
また,狭小化した林地において,エゾモモンガは資源の量と分布によって影響を受けると考えられたことから,
生息地内では利用可能な巣資源と食物資源について質と量をともに保全していくべきである.
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