氏 名 | さかもと なおひさ 坂本 直久 |
本籍(国籍) | 大阪府 |
学位の種類 | 博士 (農学) | 学位記番号 | 連研 第424号 |
学位授与年月日 | 平成20年3月21日 | 学位授与の要件 | 学位規則第5条第1項該当 課程博士 |
研究科及び専攻 | 連合農学研究科 生物環境科学専攻 | ||
学位論文題目 | 貯留中の乳牛ふん尿スラリーから発生する環境負荷ガスの抑制技術の開発と評価 (Development and evaluation of innovative technology to reduce environmental polluting gas emissions from dairy cattle slurry during its storage) |
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論文の内容の要旨 | |||
本研究では,乳牛ふん尿スラリーの肥料成分調整を行うことで,スラリーから発生する環境負荷ガスも抑制するという, 言わば一石二鳥の技術構築を目的とした。 そのため,乳牛ふん尿スラリー上に積層可能となるよう撥水加工肥料資材の技術開発を行った。 次に,この撥水加工肥料資材を乳牛ふん尿スラリー上にカバー資材として積層させ, 貯留中のスラリーから発生する環境負荷ガスの抑制効果を検証するとともに, カバー資材の緩やかな溶解に伴うスラリー中の肥料成分の変化についても調べた。 これらカバー資材がスラリーから発生する環境負荷ガスを抑制した結果を精査するため, ガス発生の抑制メカニズムについて検討した。 最後に,本研究の成果を実用化(事業化)するべく,実際の乳牛ふん尿スラリーの貯留槽でカバー資材投入実験を行い, カバー資材の散布方法ならびにスラリー上での積層状況などを確認し,実用化における問題点などを抽出した。 化学肥料を撥水性に改質する手法として消火器に充填される粉末消火薬剤の撥水加工方法を参考にした。 撥水性処理剤には疎水性シリカを用いた。 原料となる化学肥料は,乳牛ふん尿スラリーの肥料成分に,窒素とリン酸を供給するためにリン酸二水素アンモニウムと 硫酸アンモニウムの混合物(資材NP)を,リン酸とカルシウムを供給することを目的に過リン酸石灰(資材SP)を, カルシウムを供給することを目的に炭酸カルシウム(資材CC)を供試した。 試作したカバー資材は,撥水性を示す疎水シリカが数nmの非常に微細粒子として, 一次粒子である化学肥料の表面に均一に付着している様子が観察された。 また,試作したカバー資材NP,資材SP,資材CCをそれぞれ水面上に散布したところ,3カバー資材すべて均一に積層させることできた。 バイオガスプラントにおける発酵後の乳牛ふん尿スラリーは,硫化水素の発生量は低減するものの, アンモニアやメタンについては発酵前スラリーより発生量が多いことが認められた。 二酸化炭素については,他のガスに比べると発酵前後スラリー間の差は極めて小さかった。 次に,試作したカバー資材を発酵前後のスラリー上に積層させて,スラリーから発生する環境負荷ガスの抑制効果を検証した。 試作したカバー資材NPおよび資材SPは貯留中の乳牛ふん尿スラリーから発生するアンモニアやメタンの発生を著しく抑制したが, 二酸化炭素については発生量を増加させた。 カバー資材CCは資材NPおよび,資材SPと比較するとガス発生量の抑制効果は少なかった。 一方,アンモニアとメタンのガス発生量を抑制したカバー資材NPと資材SPについては,実験後の乳牛ふん尿スラリー中の 肥料成分が増加したが,カバー資材CCの増加量は少なかった。 カバー資材の違いにより乳牛ふん尿スラリーから発生する環境負荷ガスの抑制メカニズムについて検討するにあたり, カバー資材の酸素通過濃度(ガス拡散性)とスラリーへの溶解性ならびに, スラリーから発生するガスのカバー資材への吸着性(水共存下と乾燥条件)について調べた。 ガス拡散性については,溶存酸素量をゼロにした純水上にカバー資材を積層させて溶存酸素量の変化を連続的に測定したが, 有意な結果が得られなかった。 溶解性については,乳牛ふん尿スラリー上に7日間積層させていたカバー資材を取り除いたスラリーと, このスラリーのろ液について肥料成分を測定した。 カバー資材NPの窒素とリン酸および資材SPのリン酸については,ろ過前およびろ過後(ろ液)スラリーともに濃度の増加が認められ, 窒素とリン酸はスラリー中に溶解していることが示された。 しかし,カルシウムについては,カバー資材SPおよび資材CCともにろ過前スラリーでは濃度が増加したが, ろ過後(ろ液)スラリーにおいては,資材SPはほとんど濃度の増加は認められず,資材CCにおいては濃度が減少した。 水共存下における吸着性については,カバー資材SPと資材NPにアンモニアの吸着性が認められた。 しかし,メタンと二酸化炭素については吸着性が認められなかった。 したがって,スラリーから発生するアンモニアの抑制については吸着効果の寄与が示されたが, メタンと二酸化炭素についてはカバー資材への吸着効果はほとんど無いと判断された。 実用化を目指し,実用規模におけるスラリー貯留槽へのカバー資材の散布実験を行うことで問題点や課題等を抽出した。 なお,カバー資材はフレコンバックに800kg充填された資材NPを用いた。 1回目の散布実験は,クレーンで吊り上げたフレコンバックを架台上にいる作業者がカッターナイフで開口して, スラリー上にカバー資材NPを散布(投入)した。 作業中,貯留槽に備え付けられている攪拌装置を稼動させることでカバー資材NPはスラリー表面全体を被うことができた。 しかし,このカバー資材の散布作業は,吊られたフレコンバックの横揺れならびに架台が狭く安全面に大きな問題があると判断した。 散布後の約5ヶ月間,カバー資材の一部はスラリー上に積層され,スラリー表面をすべて被覆していた。 2回目の散布実験は,電源不要でエアーバルブ対応の自動散布機を用いる手法を試みた。 自動散布機は,安全性には問題はなかった。 また,フレコンバックの吸引口から装置まで約1mの揚程差があったが,カバー資材の吸い上げにも問題は無かった。 作業中,貯留槽に備え付けられている攪拌装置を稼動させることで,カバー資材NPはスラリー表面全体を被うことができた。 作業面では,吸引筒とホースが重くて長いため,取り回し操作が容易でなく, 実用化においては軽量化などの対策が必要であることが確認できた。 散布2ヶ月後の観察では,スラリー表面は約30cm厚みのスカムで被われていた。 本研究の実用化さらには事業化を行うためには,酪農家のメリットと事業収益を精査する必要がある。 企業活動においても生産能力を上げる投資には積極的であるが,負の投資には消極的となる。 酪農家にとっても,家畜ふん尿にお金をかけたくないというのが本音であろう。 ましてや,温室効果ガスの削減のために,乳牛ふん尿スラリーにカバー資材を投資(使用)するとは思えない。 そのため,ふん尿と化学肥料それぞれの散布を一つにまとめる労力低減と, ふん尿が含有している肥料成分を有効に利用して化学肥料量を減らすコスト低減を酪農家のメリットとして提案し, 一方で,事業化についてはカバー資材の製造から物流,散布までのコスト低減を図りつつまた, 地元企業とも連携を図り引き続き検討することが今後の課題である。 |