氏 名 ふじわら ゆみこ
藤原 由美子
本籍(国籍) 岩手県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第423号
学位授与年月日 平成20年3月21日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物環境科学専攻
学位論文題目 キイロスズメバチに由来する生物薬剤の開発研究
(Biopharmaceutical development derived from Vespa simillima )
論文の内容の要旨

 キイロスズメバチ( Vespa simillima )は, 閉鎖空間, 開放空間のどちらにも営巣し, 巣が狭くなると引越しをするなど, 環境に適応する能力が非常に高く, 近年, 都市部やその周辺で営巣が増加している. 刺されたことによるアナフィラキシーショックで, 毎年30人ほどの人が死亡するなど, スズメバチ類は人間にとって最も被害が大きい生物である. 一方, 山間部を中心に幼虫, 蛹, 成虫が伝統的な滋養強壮食品として, また, 巣が露蜂房という名の漢方薬として古くから利用されてきた. 本研究は, キイロスズメバチの有効利用と, キイロスズメバチ由来の生物薬剤の開発を目指しながら, キイロスズメバチ成虫とその生産物から新規の生理活性ならびに構造を解析した.

 第一章では, 成虫体(働蜂)の遊離アミノ酸を分析したうえで, 酸メタノール抽出法と2%NaCl抽出法により, 成虫体由来の抽出物を調製してマウスに経口投与し, ステップスルー型受動的回避実験法とモリス水迷路実験法を行って, 記憶・学習向上効果と抗認知効果がみられるかどうかを解析した. アミノ酸分析の結果, 成虫体の遊離アミノ酸組成は, タウリン, グルタミン, アラニンなどが多いことが明らかになった. また, 二つの行動実験の結果から, 2%NaCl抽出法によるキイロスズメバチの成虫体の抽出物を摂取することにより, 特に長期的な記憶能を向上させ, グルタミン酸受容体阻害剤(MK-801)による一時的な痴呆を抑える一定の効果が確認された. 一方, 酸メタノール抽出法による抽出物を摂取したマウス群は, すべての試行において対照群と同様の結果であり, 効果が認められなかった.

 以上の結果, キイロスズメバチ成虫体由来の2%NaCl抽出物に新規の生理活性として脳機能向上効果を見出すことができた. 本実験で用いた酸メタノール抽出法では, 主に遊離アミノ酸からポリペプチドまでが抽出され, 2%NaCl抽出法では, 主にペプチドから比較的高分子タンパク質までが抽出されていると推測される. セイヨウミツバチの毒成分の中に, アミノ酸22残基のMCDペプチドがあり, これがラット海馬の長期増強の発現に関与しているという報告がある. キイロスズメバチの毒成分中には, MCDペプチドと同様にヒスタミン遊離活性をもつアミノ酸14残基からなるマストパランが存在しており, 脳機能向上との関連性で 意義深い. 今後はペプチド/タンパク質プールから, 記憶・学習の向上に機能する物質を同定することが極めて重要であると考える.

 第二章では, 巣(外被)のn -ヘキサン抽出物から, ラット肝がん細胞に対する増殖抑制活性を指標として活性物質の単離, 同定を行った. シリカゲルクロマトグラフィーと, 順相クロマトグラフィー用充填カラムTSKgel Silica 150 , TSKgel Silica 60を使用した HPLCシステムによる精製を行い, 針状に結晶化した活性画分を得た. 各種NMRによる構造解析の結果, この活性物質は, 分子量316.2038(C20H28O3)のセコアビエタン型ジテルペン, 7,8- seco-para -ferruginoneと同定された. 本実験結果により, スズメバチの巣(露蜂房)から単離同定された初めての生理活性物質であり, がん細胞に対する7,8- seco-para -ferruginone の増殖抑制活性機能もまた初めての知見である. 7, 8- seco-para -ferruginone は, スギの樹皮などに存在するferruginolを酸化することで合成できる. その合成品による増殖抑制活性試験を行ったところ, そのIC50値は, 約1.9μMであった. 正常細胞への生物検定としてマウス脾臓リンパ球への作用を検討した結果, 顕著な抑制傾向は示さなかった. がん細胞に対する細胞増殖抑制機構の一つとして, アポトーシスに特有のクロマチン凝集が観察された. この物質にはキノン構造が存在し, 増殖抑制活性機能はキノンの細胞毒性に起因していると考えられる.

 以上の結果, キイロスズメバチの巣はコロニーごとに 由来する樹種や樹皮と朽木の組成が異なり, 細胞増殖抑制活性の程度にも違いが発生するが, 単離同定された7,8-seco-para-ferruginone には, Staphylococcus aureusMicrococcus luteus に対する抗菌活性が報告されており, キイロスズメバチのコロニーにおいて生体防御システムの重要な一翼を担っていることが考えられる. また, この物質をリード化合物とした生物薬剤開発の可能性もある.