氏 名 やえがし はじめ
八重樫 元
本籍(国籍) 岩手県
学位の種類 博士 (農学) 学位記番号 連研 第421号
学位授与年月日 平成20年3月21日 学位授与の要件 学位規則第5条第1項該当 課程博士
研究科及び専攻 連合農学研究科 生物環境科学専攻
学位論文題目 リンゴクロロティックリーフスポットウイルスの外被タンパク質と細胞間移行タンパク質の多機能性の解析
(Analysis of multifunctional roles of a coat protein and a movement protein of Apple chlorotic leaf spot virus )
論文の内容の要旨

 本論文は、リンゴ高接病の病原ウイルスであるリンゴクロロティックリーフスポットウイルス (ACLSV)のゲノムがコードしている外被タンパク質(CP)と細胞間移行タンパク質(P50)の多機能性を解析したものである。

(1)リンゴ樹から分離されたACLSVのCPアミノ酸配列に基づいた系統解析から、 わが国のACLSVは大きく2つのタイプ(P205およびB6タイプ)に分かれることを著者は既に報告した。 これらの2つのタイプ間でCPのアミノ酸配列を比較すると、アミノ酸番号40,59,75,130,184の5ヶ所のアミノ酸が連動して変異しており、 特に40番と75番のアミノ酸の組み合わせ(アラニンとフェニルアラニンまたは セリンとチロシン)が感染性に必須であることが明らかになった。 本研究では、40番と75番のアミノ酸変異が細胞レベルでのウイルス複製および蓄積にどのように影響するか解析した。 先ず、TiプラスミドにACLSV全長cDNAクローンを連結したpBICLSFを構築後、アグロバクテリウムを介したACLSV接種系を確立した。 続いてpBICLSFを基にCPの40番と75番のアミノ酸の一方のみに置換(アラニンからセリンまたはチロシンからフェニルアラニン)を 導入した変異体(pBICLCPm40およびpBICLCPm75)を作製し、 細胞レベルでの増殖能を調べた。 その結果、これらの変異体を接種した細胞内ではウイルスゲノムRNA、複製型二本鎖RNAおよびウイルスタンパク質(P50とCP)の蓄積が著しく低下した。 一方、40番と75番両方のアミノ酸を置換した変異体(pBICLCPm40m75)は野生型(pBICLSF)のそれらと同レベルであった。 以上より、CPの40番と75番のアラニンとフェニルアラニンまたはセリンとチロシンの組み合わせは、 ウイルスの効率的な複製に重要であることが明らかになった。 また、変異型CPタンパク質(CPm40、CPm75およびCPm40m75)のアグロインフィルトレーションによる一過性発現試験から、 CPの40番と75番のアミノ酸の組み合わせがCPの植物細胞内での安定性に影響することが明らかになった。

(2)ACLSVのコードする3種のタンパク質(P216、P50およびCP)にRNAサイレンシングサプレッサー活性があるかどうかを N. benthamiana line16c(GFP-plant)を用いたアグロインフィルトレーションアッセイで解析した。 その結果、細胞間移行タンパク質であるP50にのみ、ローカルサイレンシングを抑制しないが、 上位葉で誘導されるシステミックサイレンシングを特異的に抑制するサプレッサー活性が認められた。 さらに、P50をGFP-plantの展開葉の基部に、GFPを先端部に発現させたところ、GFPのシステミックサイレンシングが阻害されたことから、 P50はサイレンシングシグナルの移行を阻害することが示唆された。
 また、リンゴ小球形潜在ウイルス(ALSV)についてもGFP-plantを用いてサイレンシングサプレッサーの解析を行った。 その結果、ALSV-RNA2にコードされる3種の外被タンパク質(Vp25、Vp24およびVp20)のうちVp20のみがサイレンシングサプレッサー活性を持ち、 P50と同様にシステミックサイレンシングを抑制することを明らかにした。

(3)P50のシステミックサイレンシング抑制機構を明らかにする目的で、まず、 P50のシステミックサイレンシング抑制に必要なアミノ酸領域を解析したところ、 P50のN末端側の37-284アミノ酸を含む領域が重要であることが明らかになった。 この領域はP50のプラズモデスマータへの局在、細胞間移行能および管状構造誘導能などの機能に重要であることから、 これらの機能とシステミックサイレンシング抑制が密接に関連することが示唆された。 続いて、P50発現 N. benthamiana (P50-plant)とGFP-plantとの接木試験を行った。 P50-plantを台木として、GFP-plantを接いだ個体と、GFP-plantを台木、P50-plantを中間台、さらにGFP-plantを穂木とした個体を作出し、 台木でシステミックサイレンシングを誘導した。 その結果、P50-plantを台木あるいは中間台として用いた場合では、非形質転換体(NT-plant)を用いたコントロールと比較して、 穂木でのシステミックサイレンシングの抑制が認められた。 これらの結果から、P50は師管を通ったサイレンシングシグナルの組織間移行を阻害することで システミックサイレンシングを抑制しているものと考えられた。
 サイレンシングシグナル分子の実体は不明であるが、siRNAあるいは他のRNA種から構成されていると考えられる。 そこで、P50のsiRNAおよび二本鎖RNA結合能をゲルシフトアッセイで解析した。 その結果、P50は21および25塩基の合成siRNAや400塩基の二本鎖RNAに結合能を有することが明らかになった。 これらの結果は、P50が師管内でサイレンシングシグナルと直接相互作用することでシグナルの移行を阻害していることを示唆している。